雪柳ざかりや鯉は泥を着て 遠山陽子
雪柳は、葉にさきがけて、白い小さな花が、柳に似たしなやかな枝に群がって咲く。その盛りはまさに降り積もった雪のように美しい。丈が低いので花をつけた枝は地面すれすれまで垂れている。
夕暮れの川沿いの道を歩くと、土手の雪柳は風に靡き、「おいで、おいで」と手招きしているように見える。近づけば異界へと引き込まれそうで、少し怖い。
掲句、今を盛りの雪柳と「鯉は泥を着て」との取り合わせ。雪柳の白は鯉の泥を、また鯉の泥は雪柳の清らかさを互いに際立たせているようだ。
雪柳の花の下、鯉が浅瀬に集まり、バシャバシャと水音を立て、泥にまみれて揉み合っている様子。春は、草木虫魚、生き物たちの喜びの季節だけれど、愁いの季節でもある。その象徴としての清濁なのかもしれない。
また、「泥を着て」という擬人化が用いられることで、鯉が人に化身したかのようにも思われてくる。雪のように白く清らかな雪柳の精と、泥を着た鯉の精の出会う幻想的な光景を思い浮かべると、ここから不思議な物語が始まりそうな気配がする。
〈句集『弦響』2014年/角川学芸出版所収〉