2015年2月26日木曜日

人外句境 10 [辻征夫] 佐藤りえ


雉は野へ猿は山へと別れゆき  辻征夫

昨年からはじまったペプシNEX ZEROのCFを面白く見ている。「Momotaro」と題された動画は小栗旬が桃太郎に扮し鬼退治に行く、というもので、共の犬・猿・雉も人間が演じている。各人のコスチュームや鬼の造型には絵本によくあるような所謂昔話くささがほとんどない。特に雉のヴィジュアルは映画『プリシラ』のドラァグクイーンを彷彿とさせるようなものである。

ストーリーの大筋は昔話通りのようだが、「桃太郎にとって鬼退治は二度目で、一度失敗した後、宮本武蔵のもとで剣の修行をした」「犬は狼に育てられた人間の子供で、鬼によって壊滅された狼たちの仇をとろうとしている」などの挿話が加えられている。そうした挿話や無国籍風な映像に70年代ロック風な音楽が妙にマッチして、予定調和な物語にあらたな緊張感を持たせようとしているように見える。

掲句は桃太郎の後日譚として読んだ。鬼ヶ島から無事に戻った桃太郎が、奪還した財宝を手に翁と媼のもとに戻り、末永く幸せに暮らしました、という話は知っている。

しかし、犬・猿・雉はどうなったのか。説話は無責任なもので、めでたしめでたし、で時間がぶった切られ、状況を仕舞いまで報告してはくれない。

戯画化はなはだしい絵本なら、帰ってきた桃太郎の傍らで犬猿雉が笑顔でぴょんぴょん跳び跳ねていたりする。彼らはどこからか、途中から共になった間柄ではなかったか。

細かい話、犬は桃太郎宅に番犬として残ったのかもしれない。すっかり気心のしれた主人に生涯仕えたのかもしれない。雉と猿は、おのおのもとの暮らしへ戻れたのだろうか。

野と山、それだけの言い方で、この一句は解散した彼らの行く末を見せてくれている。

物語亡者な読者に「つづき」を読ませてくれている。

〈『貨物船句集』書肆山田 2001〉