けふの日が野にゆきわたり冬の虫 井越芳子
歳時記によると、「冬の虫」の本意は「虫の声の盛んな秋と絶える冬との間の時期の鳴き声をいう」とある。
掲句から、小春日和の一日を思う。
小春の日差しが野にゆきわたり、地面も、触れてゆく木も草もあたたかい。
初冬のほっとするひとときである。
上着を脱いで草に坐れば、どこからともなく鳴く虫の声がする。盛んに鳴いていた時には思いもよらないような寂しい音色で、愛おしい。
「けふの日」の日差しの明るさやぬくもり、虫の声のやさしさが、読者の五感を包んでくれるような気がする。
「野にゆきわたり」からは、冬に向う季節の中で、あたたかい日の恵みを小さな虫たちと共有できたことの喜びのようなものが感じられる。
冬の虫(残る虫)のはかなげな声が絶えると真冬になるという。
〈句集『雪降る音』(1019年ふらんす堂)所収〉