およそ日刊「俳句新空間」
-BLOG俳句新空間‐編集による日替詩歌鑑賞
今までの執筆者:竹岡一郎・仮屋賢一・青山茂根・黒岩徳将・今泉礼奈・佐藤りえ・北川美美・依光陽子・大塚凱・宮﨑莉々香・柳本々々・渡邉美保
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柳本々々(YagimotoMotomoto)
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2017年10月13日金曜日
超不思議な短詩239[野口る理]/柳本々々
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チャーリー・ブラウンの巻き毛に幸せな雪 野口る理 前にも書いたが、俳句とは、世界のアクセスポイントをさぐる試みでもあるのではないかと思っていて、たとえば、 おおかみに蛍が一つ付いていた 金子兜太 本の山くづれて遠き海に鮫 小澤實 「おおかみ...
2017年10月11日水曜日
超不思議な短詩238[岡崎京子]/柳本々々
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いつも一人の女の子のことを書こうと思っている。いつも。たった一人の。一人ぼっちの。一人の女の子の落ち方というものを。 岡崎京子 「岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ」の図録『岡崎京子 戦場のガールズ・ライフ』に寄せた文章のなかで小沢健二は次のように書いている。 ...
超不思議な短詩237[高山れおな]/柳本々々
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ムーミンはムーミン谷に住んでいる 高山れおな 「ムーミンはムーミン谷に住んでいる」というのはほんとうにそのままであるのだが、しかし、誰かが・どこかに・住んでいる、ということ、誰かが・どこかにいざるをえないということとは、そのことを句にするだけで意味生成の現場になるこ...
超不思議な短詩236[星野源]/柳本々々
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夫婦を超えてゆけ/2人を超えてゆけ/1人を超えてゆけ 星野源 最近星野源の「恋」の歌詞「夫婦を超えてゆけ/2人を超えてゆけ」について考えていて、これは漱石『門』の、 宗助と御米とは仲の好い夫婦に違なかった。いっしょになってから今日(こんにち)まで六年ほど...
2017年10月6日金曜日
超不思議な短詩235[オクタビオ・パス]/柳本々々
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しばしば、連歌は日本人に対し、自分自身から脱出する可能性、孤立した個人の無名性から、交換と承認が形づくる円環へと転じる可能性を提供したのではないかと思われる。 オクタビオ・パス 今年の夏に青森の川柳ステーションに呼ばれたときに、ある方から連歌(連句)に誘っていただい...
超不思議な短詩234[福田若之]/柳本々々
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春はすぐそこだけどパスワードが違う 福田若之 ときどき、俳句のなかのアクセス不能、というものについて考えている。いや、というよりも、この福田さんの句をはじめてみたときに、俳句にはアクセス不能というテーマがあるように知ったのかもしれない。 当たり前のことだけれど、...
2017年10月3日火曜日
超不思議な短詩233[シルバー川柳]/柳本々々
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寝てるのに起こされて飲む睡眠薬 シルバー川柳(瀬戸なおこ) ある俳句の方が、俳句の認識における〈過入力〉の話をされていて面白いなと思ったことがある。 俳句は〈短い〉ので過剰な入力を施すことで、〈過剰な認識〉が形式化される。例えば雑に言えば、古池やカエルの飛び込む...
2017年9月30日土曜日
超不思議な短詩232[伴風花]/柳本々々
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恋人じゃないきみからの『おやすみ!』はみているだけのお菓子のように 伴風花 伴風花さんの歌集『イチゴフェア』は、歌集のタイトルのとおり、さまざまな食べ物がレトリックとして出てくる。 きみから『おやすみ!』のメールをもらっても、「きみ」は「恋人じゃない」ので〈食べ...
超不思議な短詩231[人体の構造と機能]/柳本々々
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心臓は胸部の中心、左右の肺の間にあり、成人の握りこぶし大の大きさである。また心臓は4弁・4室からなり、体循環から静脈血は右心房へ戻り、三尖弁と呼ばれる房室弁を通り右心室、肺動脈弁から肺へ。肺循環を終えた動脈血は左心房へ戻り、僧帽弁を通り左心室、大動脈弁から全身へと血流を維...
2017年9月29日金曜日
超不思議な短詩230[江國香織]/柳本々々
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身も世もなく恋をした果ての結婚も なんとなくなりゆきで 気がついたらしていた結婚も結婚で 世界じゅうに結婚が あふれ返っているのでした たとえばこの あかるい夏の夕暮れに 江國香織「世界じゅうに結婚が」 江國香織さんの詩を読んでい...
2017年9月24日日曜日
超不思議な短詩229[京極夏彦]/柳本々々
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せをはやみ岩にせかるゝ瀧川の、思ふ男はーーおまへならでは。 京極夏彦 京極堂シリーズには、カバーの折った部分(前袖)に、かならずその物語全体にかかわるエピグラフがかかげてあるのだが、『絡新婦の理』のエピグラフが冒頭の歌である。 瀬をはやみ岩にせかるる滝川の...
2017年9月23日土曜日
超不思議な短詩228[ドラゴンクエスト]/柳本々々
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ぎこそざだ とてつちにひふ へねてとだ ぢりび ふっかつのじゅもん「ドラゴンクエスト」 現在ゲームはオートセーブ機能があって突然アプリが終了してしまってもゲームが勝手に事前にセーブしてくれていたところから進めることができる。だから何かの事態が起きてもそこまで頭をかか...
2017年9月21日木曜日
超不思議な短詩227[レイモンド・カーヴァー]/柳本々々
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夫婦はパン屋に押しかける。そして彼らは互いの苦しみを夜があけるまで語り合う。そして、彼らは《ある種の》救済へと到達するのだ。 村上春樹 村上春樹はレイモンド・カーヴァーの短編「ささやかだけれど、役にたつこと」についてこんな解説を書いている。 夫婦はパン屋に...
2017年9月20日水曜日
超不思議な短詩226[千葉雅也]/柳本々々
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ツイッターの一四〇字以内というのも、短歌の五七五七七やフランス詩の一二音節も、非意味的切断による個体化の「原器」であると言えるでしょう。 千葉雅也 千葉雅也さんの『動きすぎてはいけない』という本は、すごく乱暴に簡略に(かつ私が理解できた範囲で)言えば、現在のなんにで...
超不思議な短詩225[石川美南]/柳本々々
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村を捨てた男の家はこの冬より民俗資料館へと変はる 石川美南 石川さんの短歌にとっては、テキスト(文字/文章/資料/書物/物語)と生世界の交渉がとても大事なテーマのように思う。 掲出歌。それまで生活空間として生きられていた「男の家」は、「民俗資料館」という読みとら...
2017年9月19日火曜日
超不思議な短詩224[芝村裕吏]/柳本々々
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ゲームって、究極的に言えば、絵を描くというか、写生の一つなんです。 芝村裕吏 去年、ながや宏高さんとお話したときに、ながやさんが短歌=定型詩とゲームの関係について話されていて、そうかあ、ゲームの箱庭的な部分と定型詩と いうのは似ているのかもしれないなあと思った覚え...
2017年9月17日日曜日
超不思議な短詩223[さやわか]/柳本々々
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コンピュータゲームとはもっとも素朴な形に還元すると「入力すると反応がある」ということである。 さやわか ゲームと俳句の話が続いているのでせっかくなのでもう少し冒険して続けてみようと思う。さやわかさんがゲームの本質について次のように語っている。 ゲームの本質...
超不思議な短詩221[井上法子]/柳本々々
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煮えたぎる鍋を見すえて だいじょうぶ これは永遠でないほうの火 井上法子 短詩のなかで〈鍋〉は〈鏡〉のようにとても大きな意味を持っている。 わが思ふこと夫や子にかかはらず大鍋に温かきものを煮ながら 石川不二子 「大鍋に温か」いものを煮ながらわたしの「...
2017年9月16日土曜日
超不思議な短詩220[攝津幸彦]/柳本々々
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三島忌の帽子の中のうどんかな 攝津幸彦 前回、『MOTHER』と俳句をめぐる話だったのだが、『MOTHER』というゲームは最終的に〈赤ん坊(のときの記憶〉と出会うゲームであり、その意味で、大人の分節をどんどんなくして、どろどろの世界に還っていくゲームでもあった(例え...
2017年9月15日金曜日
超不思議な短詩219[糸井重里]/柳本々々
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フライングマンは「古池や・蛙飛び込む・水の音」なんです。 糸井重里 名作RPGと言われる『MOTHER』をつくった糸井重里さんがインタビューのなかで『MOTHER』を俳句と関連づけながら語っている。『MOTHER』と俳句という取り合わせは意外だったのだが、しかし考え...
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