永き日や欠伸うつして別れ行く 夏目漱石
「じゃ、またあとで」とでもいうような気楽さで曲がり角を別々の方向へ行く二人。別れ際に欠伸するくらいだから、相当気の置けない仲なのだろう。その様子を見ていると、別れとはいえ大したことなさそうだし、こんな折々に悲しさなんて感じていてはきりがない。
でも、この句をなんども読み返していると、一抹の寂寥を覚える。それこそが、「永き日」の魔力なのかもしれない。小さな別れにしては大きすぎるスケール感。春風駘蕩の伸びやかさと同居する寂寞が顔をのぞかせる。
この作品は漱石が虚子への送別として贈ったものである。漱石が第五高等学校へ赴くため来熊し、虚子は東京へと行くのだから、かなり大きな別れだろう。その別れをこんな風に詠めるなんて、漱石と虚子の間柄を想像するのも容易い。
《出典:坪内稔典『俳人漱石』(2003,岩波新書)》