2015年2月9日月曜日

人外句境 7 [上田信治] 佐藤りえ


靴べらの握りが冬の犬の顔  上田信治

高級な靴べらを思い浮かべる。商店街の記念品の、プラスチックに商店名が刻印されたようなものではない。

金属製で持ち手とへら部分の間が細い棒状になっているものや、装飾の施された木製のもの、革製のものなど、持ち重りのしそうなものを思ってみる。

その握りの部分に犬の顔の装飾がある。装飾というと一部のようだが、犬の頭部なのかもしれない。傘の握りが鳥の頭だったりするように。

狩猟犬だろうか。チワワとかではない気がする。いや、チワワでもいいけれど、もっとこう、キリッとした犬種のほうがふさわしいだろう。

掴む部分がそのようになっているなら、来客用の靴べらだろうか。昭和の時分に立てられた邸宅の玄関を思い浮かべる。ひんやりした空気の漂う冬の玄関に、靴べらを持つ人がいる。


この句が「握り「に」冬の犬の顔」であれば、靴べらを観察したんだな、と思うところだった。またその「顔」は平面的なものに感ぜられる。

「握り「が」冬の犬の顔」であることから、靴べらの握りが手中にあるように思えた。そしてその「顔」は立体的で、その「顔」に触っている、そういう感慨が感ぜられる。

「が」を力点として、主体の認識が句の中心に据えられ、そんな主体を窺うでもなく、つるりとした瞳の冬の犬の顔がある。


〈『線路』週刊俳句第393号 2014落選展より〉