海底に未還の者ら八月は 鈴木六林男
「お尋ね申します。トラック島はこっちの方角でしょうか」
小説『姉の島』(村田喜代子著)の一節に、軍服を着た若き幽霊が、海底でアワビ採りをしている海女に、話しかけてきたという場面がある。
「・・・トラック島は日本海軍の基地じゃった。戦後、お詣りにいったら軍艦が10隻に商船も30隻以上は沈んどるという。それに零戦の飛行機の残骸も、百機以上あるようじゃと言うていた。(『姉の島』より)
これは小説の中の出来事なのだけれど、海底を彷徨う若き兵士の幽霊が、祖国への道ではなく、おそらく任地と思われるトラック島への道を尋ねたことが殊に生々しく、また切ない。
この幽霊こそが「未還の者」なのだと思う。
掲句が書かれた1998年、そして、太平洋戦争終結から78年経った現在も、彼らは未還であり、永遠に未還なのだ。「八月は」に、その無念さが滲む。我々日本人にとって八月は鎮魂と祈りの季節であり、八月の持つ背景は深く重い。
〈句集『一九九九年九月』(1999年/東京四季出版)所収〉