冬の虹湖の底へと退りけり 久保田万太郎
冬の雨のあがった後の空に、思いがけずにかかる虹にはっとすることがある。冬の淡い日ざしにうっすらとかかる虹は、やさしく儚げで、いつまでも心に残る美しさがある。
掲句、前書きに[昭和35年12月1日、その地にくはしき山田抄太郎君にしたがひ、名所をたづね琵琶湖畔をめぐる]とある。
琵琶湖にかかる冬の虹なのだ。遮るもののない広い空と広い湖面が目に浮かぶ。冬の琵琶湖のはりつめた自然の中で、とりわけ美しく見えたであろうと想像する。虹の片脚は湖面に浸っていたのだろうか。
「湖の底へと退りけり」の措辞がユニークである。虹は空の彼方に消えるのではなかったのだ。今まで見えていた「冬の虹」が湖底へ退いてしまった(退いていく)という感慨。琵琶湖の深い湖底に沈みゆく虹は、水と混じり合いながら消えていくのだろうか。「冬の虹」の儚さはどこか神秘的である。
もう消えてよくなからうかと冬の虹 宗田安正
あはれこの瓦礫の都冬の虹 富沢赤黄男
〈句集『久保田万太郎俳句集』(2021年/岩波書店)所収〉