およそ日刊「俳句新空間」
-BLOG俳句新空間‐編集による日替詩歌鑑賞
今までの執筆者:竹岡一郎・仮屋賢一・青山茂根・黒岩徳将・今泉礼奈・佐藤りえ・北川美美・依光陽子・大塚凱・宮﨑莉々香・柳本々々・渡邉美保
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身体
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2017年9月11日月曜日
超不思議な短詩212[宮柊二]/柳本々々
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ひきよせて寄り添ふごとく刺ししかば声も立てなくくづをれて伏す 宮柊二 穂村弘さんの解説がある。 「ひきよせて」は、戦闘の一場面と読める歌。感情語を排した動詞の連続が緊迫感を伝える。 (穂村弘『近現代詩歌』) 穂村さんの「動詞の連続」という指摘が面...
2017年9月2日土曜日
続フシギな短詩194[佐佐木幸綱]/柳本々々
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のぼり坂のペダル踏みつつ子は叫ぶ「まっすぐ?」、そうだ、どんどんのぼれ 佐佐木幸綱 佐佐木幸綱さんの短歌がなしたことに、〈垂直〉の〈縦の身体性〉を、〈立つ〉ということを、しっかり短歌として定着させるということがあったのではないかと思う。この〈立つ〉身体性があらわれて...
2017年8月28日月曜日
続フシギな短詩181[野沢省悟]/柳本々々
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ハンカチを999回たたむ春の唇 野沢省悟 鶴彬を取り上げたときにも少し話したが現代川柳は身体のパーツに比重を置く。なんでかは、わからない。川柳というジャンルが、近代化をなしとげられず、立派な主体を手に入れられなかったことの反動として、部位に着目するようになったのかも...
続フシギな短詩179[鶴彬]/柳本々々
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手と足をもいだ丸太にしてかへし 鶴彬 「大東亜戦争の入口で、一人の川柳作家が特高の手で追いやられた。二十九歳の鶴彬(ツルアキラ)である」(秋山清『日本の名随筆別巻53 川柳』)と語られる鶴彬だが、鶴のよく「反戦的作品」として紹介される句にうえの掲句がある。ほかにも鶴...
2017年3月3日金曜日
フシギな短詩89[竹井紫乙]/柳本々々
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階段で待っているから落ちて来て 竹井紫乙 竹井紫乙さんの川柳のなかでは、誰かと、誰でもいいのだけれど、誰かとつながることは〈身体感覚〉そのものではないかと思うことがある。 たとえば掲句。「待っているから落ちて来て」という。「待って」くれてはいる。しか...
2017年1月27日金曜日
フシギな短詩79[望月裕二郎]/柳本々々
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さかみちを全速力でかけおりてうちについたら幕府をひらく 望月裕二郎 前回、望月さんの歌とからだの話で終わったのでそのまま続けよう。 私は前回、望月さんの「からだ」は「嘘」をつくことがあると書いたけれど、「嘘」をつくというのは別の言い方をすれば、「か...
2017年1月24日火曜日
フシギな短詩78[伊藤左千夫]/柳本々々
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池水は濁りににごり藤波の影もうつらず雨降りしきる 伊藤左千夫 太宰治が死の直前に友人に色紙に書いて送ったことで非常に有名になった歌。 太宰治は齋藤茂吉・土屋文明編『左千夫歌集合評』を愛読していたという。その本のなかに掲出歌は収められている。 ...
2017年1月17日火曜日
フシギな短詩76[八上桐子]/柳本々々
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はなびらを噛んでまぶたのすきとおる 八上桐子 神戸新聞において元旦から「時実新子没後10年」として「新子を読む 新子へ詠む」という連載記事があったのだが、第一回目は八上桐子さんだった。 八上さんは新子さんの 花びらを噛んでとてつもなく遠...
2016年4月1日金曜日
フシギな短詩10[小倉喜郎]/柳本々々
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掻き分けて掻き分けている春の指 小倉喜郎 句集のタイトルは『急がねば』。おもしろいタイトルだ。語り手は、いま、急いでいる。あるいは、急ごうと思っている。急がなければならない状況に身をおいている。なんらかの〈多忙のプロセス〉に語り手はいるのだ。 掲句はまさにその〈...
2016年3月18日金曜日
フシギな短詩8[宮本佳世乃]/柳本々々
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桜餅ひとりにひとつづつ心臓 宮本佳世乃 前回は中山奈々さんと〈心臓〉をめぐる話で終わった。奈々さんにとって〈心臓〉は〈どっかにある〉ものだった。 佳世乃さんにとっては、どうか。 それは、「ひとりにひとつづつ」あるものだ。 どうしてこんな〈当たり前〉な...
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