夜半の夏畳の縁を獏が行く 長谷川晃
初めて動物園のバクを見たとき、「これが夢を食べる動物なのか」と妙に感心した。しかし、動物園のバクと「悪夢を食べる霊獣」の獏とは別物であるらしい。
小さな目と間延びした鼻(吻)、奇妙な格好のこの動物は、本来、森林ややぶで暮らし、薄明・暮時に活動、草や芋、果実を食べるが、近年、絶滅の危機にあるという。
さて、掲出句の獏、「夜半の夏」「畳の縁」とくれば、やはり、悪夢を食べる獏なのだろう。とはいえ、映像としては、動物園のバクの姿が浮かぶ。
真夏の夜ふけ。夢なのか、夢から覚めた瞬間なのか、現実と夢の間に畳の縁を行く獏を見た。獏は何処へ行くのだろう。想像上の霊獣と言われる獏であれば、畳の縁が、異質な世界からの通路になっているかのようで、「畳の縁を行く」という表現に妙にリアリティを感じる。
悪夢を食べてくれる獏には、どこへも行かず、ここにとどまって欲しいものである。これから見るかもしれない悪夢を食べてもらいたい。悪夢は夜ごとに増えていく。
(句集『蝶を追ふ』邑書林2017年所収)