ラムネ瓶とはのすみかのラムネ玉 嵯峨根鈴子
「ラムネ瓶が永遠の棲処よ」とラムネ玉に言われたら、なんだか不安な感じがして、かなしくなる。ラムネ玉に運命、諦念を感じるのだろうか。飲み干したあとの瓶に残ったラムネ玉。ラムネ瓶に封じ込めた炭酸を逃さないための役目は終わり、瓶を開ける(ラムネ玉を落とす)際の爽快感や、瓶を傾けた時の瓶とラムネ玉の触れ合う音の涼味を演出する役目もすでに終えている。
ラムネ玉は半透明の瓶の中にあり、カラカラともがいてみても出口は小さく、外へでることはできないのだ。「とはのすみか」にするにはあまりにも寂しすぎる気がする。
ラムネ玉を取りたくて瓶を割ったという短歌を見た。ラムネ瓶の口を開ける方法があるとも聞いた。口は逆ねじなので、通常のねじと反対に捻れば口が開き、ラムネ玉は簡単にとれるという。でもそこまではされたくない・・・と自分がラムネ玉の気分になる。
「ラムネ瓶」「とはのすみか」「ラムネ玉」、このシンプルな言葉にたゆたう寂しい情感。作者の思いの奥行きの深さを感じる。
〈句集『ちはやぶるう』(2024年/青磁社所収)〉