春雨や客を返して客に行 豊玉
新選組副長、のち蝦夷共和国陸軍奉行並、土方歳三。豊玉は彼の俳号。この句は、文久3(1863)年以前の句であり、多摩から京の浪士組へ赴く際にまとめられたもののうちの一句である。時代を考慮すれば、これは俳句ではなく発句なのだが、そういう細かいことは気にしない。
細やかで、優しく明るい春雨。そんな雨の日に、客人が訪れている。憂鬱な雨じゃないけど、「足元の悪い中わざわざ……」といったくらいのことは言いたくなるし、この句の景色から聞こえてきそう。この客人は、招かれざる客などではなく、仲の良いご近所さんというような間柄なのだろう。もうそろそろ時間も時間だし、自分もこのあと用事があるし、ということで客人を返すのだが、妙にしのびない感じが残る。そんな、なんとなくもやもやした感じを引きずりつつも、今度は自分が客として、どこかの家へ春雨の中向かってゆく。
そういう長閑でぼんやりした空気感の一コマを十七音で切り出した瞬間、「客を返して客に行」という俳諧味を持った発見がここに生まれた。幕末史、そして軍史に名を残す奇才の、ほっとする一句である。
《出典:土方歳三『豊玉発句集』》