およそ日刊「俳句新空間」
-BLOG俳句新空間‐編集による日替詩歌鑑賞
今までの執筆者:竹岡一郎・仮屋賢一・青山茂根・黒岩徳将・今泉礼奈・佐藤りえ・北川美美・依光陽子・大塚凱・宮﨑莉々香・柳本々々・渡邉美保
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安井浩司
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2015年2月25日水曜日
今日の安井浩司 5 / 竹岡一郎
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輝やくも雁の糞もて鎌研げば 安井浩司 この前の句集「空なる芭蕉」においては「雁の空落ちくるものを身籠らん」という、聖的高鳴りの句が見られたが、世の現実に落ち来るのは糞なのである、とは作者の絶望であろう。それでも詩と云う鎌は研げるのである。なぜなら、遙か高みを...
2015年2月19日木曜日
今日の安井浩司 4 / 竹岡一郎
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まくなぎの柱を抱けば高むのみ 安井浩司 まくなぎは明らかな実体がありながら、堅牢なる触感がなく、集合体でありながら単体に見える。これを人類の集合的意識の暗喩と見る事も可能であろうが、それよりもむしろ生物か否かも、綺麗なのか否かも判然としない奇妙な筒と見たい。ま...
2015年2月13日金曜日
今日の安井浩司 3 / 竹岡一郎
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老農は鎌で泉を飲みにけり 安井浩司 老農には「年老いた農夫」の他に「熟練した農夫」の意もある。鎌で泉を飲むのも、その熟練の一端であるが、水を飲むのさえ本来は刃物を銜えるが如き危険を伴うのであると思わせる。生を保持するとは危険な事なのだ。鎌が何を暗喩させるか...
2015年2月7日土曜日
今日の安井浩司 2 / 竹岡一郎
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さまざまな蛇持ち寄るや雲の下 安井浩司 蛇は魔であり、時に毒であり、智慧であろう。要するに、神秘なるものである。時に神に最も刃向かうものでもある。持ち寄るのは同志であろうが、蛇はその同志たちの魔であり毒であり智慧であり神秘であり反逆であろう。雲は大いなる迷...
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