夜の森や濡れてマフラー置かれある 岡田一実
これは確かにどこかで〈見た〉景色です。
現実に、想念に〈見た〉景色です。
と「あとがき」にある。掲句を読むと、作者が〈見た〉景色を作者の眼を通して見ているような不思議な感覚になる。
夜という時間、森という場所、濡れたマフラー。
ただこれだけの情報から私たちは、それぞれが自分の記憶を頼りに物語を作り始める。
そんな仕掛けが施されているかのようだ。
寒い夜の森の中。切株の上に置かれた一本のマフラー。
月の光に照らされて、マフラーはまるで生き物のように、しっとりと息づいている。現実から遠く離れたこの光景に、何故か懐かしさがこみ上げてくる。
誰もいない森の中で、動物たちもこのマフラーを首に巻いて遊んだのだろうか。
夜の森の湿った空気の中でマフラーは濡れている。その濡れたマフラーを私も首に巻いてみる。ひやりとする感触。巻いた瞬間、マフラーと同時に私も消えてしまった。そんな夢をみた。
〈句集『記憶における沼とその他の在処』(2017年/青磁社)所収〉