蛇が身を解くころあひ春の闇 川嶋一美
以前、冬眠中の蛇の巣穴を、掘り起こしたという人の話を聞いたことがある。仕事中の偶然の出来事だったそうだが、何匹もの蛇が縺れ合い、ひと固まりに丸まっていてギョッとしたという。掘り起こされた蛇たちにとってはいい迷惑だったに違いない。
掲句、ほんのりと春の温みが感じられる夜。木々の匂い、水の匂いのこもる甘やかな春の闇である。春の闇の中で作者は、冬眠から目覚める蛇に思いをはせる。〈蛇が身を解くころあひ〉そう思う作者もまた、長い冬のトンネルを抜け出し、春の闇の中で伸びやかに身を解こうとしているのではないだろうか。
句の中に実際の蛇は登場しないのだけれど、つい想像してみたくなる。冬眠から覚めた蛇は、いきなり穴から外へ出るわけではないのだ。冬眠中に凝り固まった身を、思い切り伸ばしたりひねったり。圧し縮めていた全身をふるふると伸ばしていくだろう。
「ころあひ」という言葉のひびきのやすらかさにも惹かれる。
〈句集『円卓』(2021年/本阿弥書店)所収〉