先生の言葉少なき茂かな 山口昭男
夏の頃の樹木の盛んに茂っているさまはすさまじい。ことに夏山の茂りは日も差さず、枝葉にすっぽりとおおい隠されて、中がうかがい知れないような繁茂のしかたである。新緑の頃のような明るさもない。
茂りの中を一緒に歩いている先生が言葉少なくなり、だんだん無口になる。先生は作者が敬愛し、師事する大切な先生なのだろう。「言葉少なき」先生とそれを諾う作者。師弟間の信頼の深さや、先生への傾倒ぶりがうかがえる。
先生の言葉が少ないことで周囲の静けさは増し、茂りの質量もふえていく。鬱々と茂る草木の量感と熱気に圧倒されそうである。
茂りの中に、先生の語られない言葉が満ちてくる。そして、それを享受する作者。そこには、言葉のいらない充足感のようなものが感じられる。微かなエロスの香りもまた。
〈句集『木簡』青磁社2017年所収〉