2020年10月11日日曜日

DAZZLEHAIKU49 [高橋道子]  渡邉美保

   こは夢と思ひつつ夢曼珠沙華    高橋道子  

 
 子どもの頃、田圃の畔に咲いていた彼岸花を摘んで花束にして家に持ち帰ったことがある。母に、すぐに捨ててくるようにとひどく叱られた。母の嫌いな花だつた。その頃は曼珠沙華という名前は知らなかった。
曼珠沙華は、秋の彼岸の頃、突如として真っ赤な、蘂の長い美しい花を咲かせるが、墓地などにもよく咲くので、死人花、幽霊花などの別名もある。美しいけれど、毒々しくも、禍々しくも感じられる花である。
 「これは夢だ」と思いつつ夢をみていることは、ままある。
掲句は、その夢については何も触れていないが、季語の曼珠沙華から、夢全体が真っ赤に染まっているようなイメージが浮かぶ。これはきっと、怖い夢に違いない。
訳のわからぬ恐怖に逃げ惑い、追い詰められ、これは夢なのだと自分に言い聞かせるのだが、それもまた夢なのだというとりとめのなさ。曼珠沙華が「こは夢と思ひつつ夢」をリアルなものにしている気がする。

〈曼珠沙華に鞭うたれたり夢さむる 松本たかし〉こちらの夢は、怖いけれど、夢から覚めた後の余韻に、どこか妖艶で甘美な匂いがする。

〈句集『こなひだ』(2020年/ふらんす堂)所収〉