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2017年9月17日日曜日

超不思議な短詩222[阿部公彦]/柳本々々


  おもしろいのは、ブローティガンの『アメリカの鱒釣り』のような作品を読んだ人なら覚えているあの脱力感覚と、日本的な俳句の精神のまじり具合である  阿部公彦

70年代はマンガ『巨人の星』の「スポ根劇画」に代表されるようなハードな汗と涙と闘いのエネルギッシュな60年代が終わり、女性誌『an・an』や『non・no』の創刊、マクドナルド、ミスタードーナツ、サーティワンといったファーストフードの日本の開店など、キャラクターやファンシービジネスが始まってゆく時代という言われ方をされることがあるが(前に取り上げた攝津幸彦はその70年代に二十代を過ごしていた)、その70年代半ば、1976年にアメリカの作家リチャード・ブローティガンは東京に一ヶ月半滞在し、『東京日記』という詩を書いた。

阿部公彦さんは「解説」でこんなふうに書いている。

  「東京日記」の多くの作品は、俳句に触発された語り口になっている。俳句ならではの唐突さや切断感は、はじめて訪れる東京で足場のないまま、さまざまな“瞬間”をあやうく渡り歩いていた詩人にとって、まさにぴったりの装置を提供してくれたのだろう。
  おもしろいのは、ブローティガンの『アメリカの鱒釣り』のような作品を読んだ人なら覚えているあの脱力感覚と、日本的な俳句の精神のまじり具合である。切断や転換、接合などによって生み出される俳句特有の凝縮した緊張感を支えているのがある種の“拮抗”だと考えれば、これに対してブローティガンで目立つのは、拡散と散逸の気分でもある。主旋律は緊張よりも弛緩であり、興奮や熱気よりも冷却となぐさめが言葉を生み出していく。
  (阿部公彦「解説」『東京日記』)

瞬間を渡り歩く装置として「俳句の精神」を使いながらも、その瞬間は凝縮されるよりも「拡散と散逸」を伴っていく。「日常を鋭く切り取り緊張」というよりは、「緊張と驚きと空虚さをゆったり流してくれるやさしさ」の方に傾いていく。

  俳句的な装いをまとう本書の短詩は、実際には、俳句的なキャプチャの身振りをほどき、流し、平凡化・日常化する。平凡であるとは何と難しいことだろう。際だたず、とがらず、立ち止まらない。
  (阿部公彦、同上)

〈平凡さ〉というフローのなかに身を置くこと。

  テレビの
  日本の子どもたちの番組を見て
     ぼくはこの三十分間をすごした
  ここ東京には何百万ものぼくたちがいる
     ぼくたちは自分の好きなものがわかっている
  (ブローティガン「日本の子どもたち」『東京日記』)

日本の「テレビ」を「三十間」見ている時間が〈わたし〉の個を際だたせることなく、「何百万ものぼくたち」に拡散・散逸していく。「ぼくは自分の好きなものがわかっている」ではなく、「ぼくたちは自分の好きなものがわかっている」というひどく曖昧な流れるような言い方。〈見る〉という行為が〈わたしたちの見る〉につながり、〈何百万もの見る〉とともにフローな個の流れとしてうかびあがってくる。

 この不思議な短詩では何度か取り上げている句だが、こんな俳句がある。

  毛布から白いテレビを見てゐたり  鴇田智哉

毛布から白いテレビを見ているのだが、この助動詞「たり」を完了(~した)ではなく、存続(ある時点からずーっと~している)の意味合いでとった場合、語り手は、ずーっと白いテレビを見ているなかに身をおいていることになる。ずーっと語り手は毛布から白いテレビを見ている。そのときこの「たり」は神秘化していく。毛布から白いテレビをずーっと見ている風景は死後の景にも近いからだ。

その「死後の景」を誘導するのが「毛布」と「白いテレビ」の組み合わせである。たとえばこのテレビが〈白い画面〉だった場合、テレビを見ていながら・同時に・テレビをなんにも見ていないということになる。この句は突き詰めれば・突き詰めるほど〈見ること〉の危機的な様相が浮かび上がり、〈見ること・見ないこと〉を通して死者も含めた〈何百万もの見るぼくたち〉が現れる。

この俳句にもブローティガンの詩にあるようなフローな感覚が見いだされうるように思う(ちなみにフローという概念はよくゲームを論じた本を読んでいると出てくるゲームのプレイヤーを考えるときのキーワードになっている。たとえばマリオをプレイしているとき、あなたはあなたがあなたでありつつも没入していく感覚を経験していないだろうか。ゲームをプレイしながら、個でありつつも・個を没入させていく感覚。俳句とゲームの親和性)。現在の俳句は、瞬間的な切り取りではなく、フローな感覚に敏感になっている。フローな俳句としてはこんな印象的な俳句もあげられる。

  息のある方へ動いている流氷  田島健一
   (『句集 ただならぬぽ』)

この田島さんの句にも鴇田さんの神秘的な「たり」に通じるような神秘的な存続の助動詞「ている」がある。70年代アメリカの労働者階級の〈どこにもゆけなさ〉を描いた小説家にレイモンド・カーヴァーがいる。ただカーヴァーが特徴的だったのは、労働者階級のミドルクラスの生活をミニマルに描きながらも、それが〈外〉に神秘的に抜けていってしまう点だった。どこにもゆけなさのなかで神秘性があらわれる。

 カーヴァーのマジックは、貧困を含めた、ありとあらゆるものを、無意味化、身体化する、そのミニマリズムのスタイルにある。そのスタイルの特徴は、既存のリアリズムにあるような社会的、政治的文脈を無視し、まるでそこに社会など存在しないかのように、身体化された世界だけを描くことにある。言ってみれば、カーヴァーの作品は、アメリカ合衆国の話ではない。それは、合衆国のなかのどこかの街の話であるが、カーヴァーの作品世界は、その街を描くことで成立していて、そこに街よりも大きなもの、大きな社会、合衆国は存在しないのだから。ミニマリズムとは、自分の周囲十メートルの話なのである。カーヴァーのマジックは、労働者階級なら労働者階級の生活を描きながら、それが単なる労働者階級の生活ではなくなる瞬間を提出することにある。その瞬間とは、「大聖堂」の啓示が示すように、無意味化、身体化の結晶である。それは、既存の政治的・社会的文脈を破壊した、まったく新しいなにかなのだ。
  (三浦玲一『村上春樹とポストモダン・ジャパン』)

わたしはこのマジックのありかた、「毛布から」という「自分の周囲十メートルの話」を描きながら「白いテレビ」という魔術的メディアを通して〈日本の話〉だけではないマジカルな啓示的瞬間があらわれているのを鴇田さんのテレビの句に感じる。それは、ブローティガンの「子ども番組のテレビ」を見ていただけで「何百万ものぼくたち」につながってしまうようなフローしていく何かである。

私は実は三年前に鴇田さんの白いテレビの句をはじめて眼にしたときに、すぐに思い出したカーヴァーの一節があった。ただその一節がどの作品にあるのか、ずっと思い出せなかった。だから思い出すまで待っていようとおもった。ところが、きのう、雨がふっているのかふっていないのかわからない白い光の空の真下を、ぼんやり、傘をさしながら道を歩いていたら、とつぜん思い出した。それは、テレビを見ているなかで、テレビを見ていることを突き抜けてしまう、白いテレビのなかに暴力的に包まれてしまう一節だった。横になって、どこにもゆけないなかで・その《どこにも》が圧倒的に・暴力的に押し寄せ、しずかに、その場で、じっとしながら、押し流されていく〈終わりの風景〉。私が思い出したかったのは、これだった。

  私はそこに横になってテレビを見ていた、軍服を着た男たちの姿が画面に映っていた。ぼそぼそとした声。それから戦車隊が現れ、ひとりの男が火炎放射器を発射した。音は聞こえなかったが、わざわざ起き上がるのも面倒だった。私は瞼が重なるまで、じっとテレビを見ていた。でもはっと目を覚ました。私のパジャマは汗でぐしょ濡れになっていた。雪明かりのような光が部屋に満ちていた。ゴオオオという音が私に押し寄せてきた。その轟音は耳を聾せんばかりだった。私はそこに横になっていた。私は動かなかった。
  (カーヴァー「みんなは何処に行ったのか?」『ファイアズ』)


          (「解説」『東京日記』平凡社ライブラリー・2017年 所収)

2017年9月14日木曜日

超不思議な短詩218[鶴見和子]/柳本々々


  俳句というものはすっかり自分の忘れ果てていたような原体験をぱっと思い起こさせてくれる、触発するのよ  鶴見和子

鶴見和子さんと金子兜太さんの対談本『米寿快談』のなかで鶴見さんが、俳句がとつぜん自分の身近に迫ってきた風景としてこんなふうに話している。

  私は俳句を作る人…は世界が違うんだ、人種が違うんだってずっと思っていたんです。というのは、俳句を読んでも何のことかわからない。自分で作るなんてことはもちろん考えもしないけれど、どうも分からない。ああいうものはできない、そう考えていたんです。……
  とくに私は子供の俳句のなかで〈雪解けを待つ植物のように少年は〉、あれが私はすごく印象的だったの。というのは、俳句というものはすっかり自分の忘れ果てていたような原体験をぱっと思い起こさせてくれる、触発するのよ。……
  俳句というものは、すごい力、触発力をもってる。つまり原体験の触発力なの。すっかり忘れているでしょう、それをパッとじつに鮮烈に教えてくれるの。その日なんです。これが俳句なのか、それなら私にだってわからないことはないな。むしろ俳句を読むことによって、私も歌がつくれるようになる、そういうものじゃないかなとはじめて思った。……
  つまり、これまで私は俳句に親近感は全くなかったんです。芭蕉だとか蕪村だとか、そういう世界だけが俳句だったら私にはわからない。ああいうさびとかわびとか、その上になんだかむずかしい季語を入れなきゃいけないのは。それでこれから俳句を勉強しなくちゃいけないと。つまり感性の活性化、それを俳句から私がいただくことができる。それが一つの驚き。
  (鶴見和子『米寿快談』)

とても長く引用したがここにはひとりの俳句とは無縁だと感じられていた人間がとうとつに俳句に出会い、驚き、俳句との距離感がとつぜん変化してゆくさまが語られている。それは「一つの驚き」であり「パッ」であり「鮮烈」であり、「原体験の触発力」である。

どうして鶴見さんがこの俳句の「原体験の触発力」に出会えたかというと、それは、俳句がもつ〈認識の基盤〉〈認識の原風景〉にであったから、ではないかと思う。鶴見さんは「さび」「わび」「むずかしい季語」は「わからない」と述べている。でもそういう〈趣向〉や〈風情〉ではなく「感性」として俳句にであった。そのとき、俳句が鶴見さんのなかに流れ込んできた。

こうした〈認識の基盤〉としての俳句を考えたときにわたしが思い出すのが、俳誌『オルガン』の俳句である。たとえば『オルガン』のメンバーにはこんな俳句がある。

  くちびるが顔にありけり扇風機  宮本佳世乃
   (『句集 鳥飛ぶ仕組み』)

扇風機にあたっているうちに「くちびる」が「顔」にあることに気づいてしまう。顔の本来的な存在に気づいてしまう。存在論的俳句。

  なにもない雪のみなみへつれてゆく  田島健一
   (『句集 ただならぬぽ』)

「なにもない」と語られることによって「なにもない/なにかある」という二項対立が形作られる。しかしここで語り手は「なにもない」という虚無的な次元を《あえて》選ぶ。しかも「つれてゆく」とその虚無的な次元への意志は強い。この句は、なにかがあるということと、なんにもないということの、存在論的次元を喚起する。でも、「ある」とか「ない」って実は認識の話だ。佳世乃さんの句のように、《そのひとが・世界をいま・これから・どう・みようとしているか・みているか》の話だ。

  ゐた人の残してゆきし咳のこゑ  鴇田智哉

この句においても存在論的次元が喚起される。「ゐた人」が「咳のこゑ」を残してゆくのだが、だからとうぜん今は〈いない人〉ということになる。この「咳のこゑ」も咳の〈遅延〉という咳の存在論的次元物のようなものだ。ところが語り手はその〈存在の遅れ〉のような次元にいる。「ゐた/残して/ゆきし/咳のこゑ」というひとにとってはすべて過去に葬った次元に語り手は、いま、たっている。語り手は、いったい、どの次元にいるのか。いったい、いるとかいないって、じゃあ、なんなのか。

  居ることに泉のふつと落ちてくる  宮崎莉々香
   (「かつてのまなざしでどうしても見」『オルガン』10号、2017年8月)

これら俳句には、認識の仕方を、魔術的に〈ぶり返し〉ていくような切なさがある。「かつてのまなざしでどうしても見」ようとするわたしに働きかけてくる。魔術的切なさとして。なんで切ないのかというと、世界の臨界に達しそうになるからだ。あるとかない、いるとかいない、に抵触することは、だんだんと、世界がある、世界がない、に関わっていく。もしかしたらわたしたちにとって、もう、世界は終わったものとしてあるのかもしれない、という世界の認識論にかかわってゆくのだ。

こんなことが俳句で起こってしまっているのは、驚きだと思う。でも、いま、こんなことが俳句で起こってしまている。

こうした俳句が俳句として成立してしまったとき、わたしは、そもそもの〈こちら側〉の認識を点検しなおさなくてはならないような気もするのだ。鶴見さんが「驚き」をもって俳句をうけとめたように。

俳句は、わたしに、認識の点検を要請する。きのう・きょう・あしたのわたしの認識のしかたをたしかめてごらんよと、手を、眼を、からだを、眼を、手を、とってくる。わたしたちは、いつも、俳句に「遅れ着」く。

  多く見て感じて夜が来て蛾来て  福田若之
   (「遅れ着いたもののしるしに」
    

          (「俳句の触発力」『米寿快談』藤原書店・2006年 所収)

2017年7月15日土曜日

続フシギな短詩141[三宅やよい]/柳本々々


  眩しくて鶫がどこかわからない  三宅やよい

田島健一句集『ただならぬぽ』にはこんな句がある。

  鶫がいる永遠にバス来ないかも  田島健一

なんでバスが来ないように感じられるんだろう。「鶫がいる」からだ。でもなんで鶫がいるとバスが来なくなっちゃうんだろう。

とにかくこの句からわかることは、「鶫」を通して〈アクセスできないなにか〉を感触してしまうことだ。ふれられないものを感触してしまうこと。それを〈現実界〉といってもいいが、ともかくふれられないものにアクセスしてしまいそうになっている。

やよいさんの句をみてみよう。語り手は「鶫」をみようとした。ところが「眩しくて/わからない」。この句では「鶫」そのものにアクセスできない。鶫自体がふれられないもの、アクセスできないもの、現実界になっている。

「鶫」というのはなぜこんなにもアクセスしがたさを生み出すんだろう。ちょっとふしぎである。

というか、ですよ。今これを読んでいるあなた、この「鶫」って読めますか? 私は読めなかったんですよ。

以前、イラストレーターの安福望さんからこんなふうに聞かれたことがある。「この『鶫』ってなんて読むんですか?」
わたしは答えた。「ああ、これは、「ひよどり」って読むんですよ」「へえ、そうなんですね。なるほどなあ」

でも、ぜんぜんちがったのだ。ひよどり、なんかじゃないんだ。ぜんぜんちがうんだ。違ったことはまだ安福さんには伝えていないので安福さんはいまだこの「鶫」を「ひよどり」と読んでいる。まあそれはそれでいいと思うけれど、でもふつうのひとは読めるんだろうか。私にはわからない。読めないんじゃないかと、おもう。読めますか。

で、あらためて考えてみると、俳句の句集というのは、季語にルビをふらない。これは煩瑣であることを避けるためかもしれないが、そもそも季語というのは、俳句をする人間なら脳内で同期されているデータベースのようなものではないかと思う。だから、わざわざ、そこにルビをふるようなことはしない。それはそもそも共有されているものだからだ(たぶんですよ)。

ところが一般の感覚では、「鶫」は読めない。ひよどり、と読んでいるような人間もいる。この「鶫」という字は季語のアクセスしがたさを象徴していないだろうか。

やよいさんの句のように、なんとなく「鶫」がいることはわかる。「鶫」という漢字は読めなくたって認識はできるんだから。でも、読めない。なんとなく、鳥だというのはわかる。鳥っていう字があるからね。でも、読めない。アクセスできない。読めないということは、この漢字を解凍できないということであり、そこにいるのはわかるのに〈眩しくて/わからない〉ようなものなのだ。

わたしは「鶫」は季語へのアクセスしがたさの象徴なのではないかと思う。認識はできるのだ。「鶫」と。でもその認識できたファイルを解凍できない。ルビがふれない。だから、バスはやってこない。くるかもしれない。でも、やってこないかもしれない。いつか読める日がくるかもしれない。こないかもしれない。

ところで正解はまだ言ってないんですが、鶫って、読めますか?

          (「船団」104号・2015年3月 所収)

2017年5月16日火曜日

続フシギな短詩111[鴇田智哉]/柳本々々


  人参を並べておけば分かるなり  鴇田智哉

111、という数字をみてまるで並べられた人参みたいだね、と思う。

ひとは並べられた人参をみたときに、なにを思うのだろうか。

わたしだが、御前田あなたというひとが次のように言っている。少し長くなるが引用してみよう。

 田島健一は「現実」とは「餌場の鶴」のようなものであり「質問してはいけない」と言っている。質問してはいけないよ。そう、いけない。もし「餌場の鶴」が質問に〈答え〉てしまったら、私たちは今あんのんと住んでいるこの世界に帰ってこられなくなるかもしれないからだ。だから、決してきいてはいけない。いけない、がしかしそれが「現実」の手触りなのである。「現実」とは質問してはいけないものなのだ。好きなひとにきいてはいけないたったひとつの質問のように。

 そもそもふつうに生きていると「現実は鶴だ!」という発想が出てくるのかどうかという問題がある。これを鶴問題と呼ぼう。現実は採用試験だ! とか言う人はいても、現実は鶴だ! という発想ってなかなかないんじゃないか。本気で戦ったら鶴には勝てそうだし。わからんけど。負けるかもしれんけれども。くちばし長いし。

 ただちょっと思うのは私も季語をベーシックとする世界に生きていたら「鶴」って発想がふっとでてきたかもしれないなあということだ。そこには、俳句を生きる、俳句を暮らす、ってどういうことなのかという問題があるような気がする。季語というのはひとの認識の根っこそのものに侵蝕してくる。触手のような。触手、わかるかな。

 ひとは鶴と暮らさない。ひとは鶴を食べない。ひとは鶴をかわいがらない。ひとは鶴に仮装しない。ひとは鶴をぬいぐるみで所有しない。しかし鶴は季語としてならひんぱんにアクセスすることができる。それは現実に似ていて、やり方さえわかれば、アクセスすることができる。ただし帰り方は、また別だ。アクセスしてしまったら帰ってくる方法はじぶんで見つけなければならない。もちろん、鶴に触れたきり帰ってこなかったひとたちも、いる。そのひとたちが、いま、どうしているかは、わたしは、知らない。わからない。

 今、田島健一の俳句を考えてきて思うのは、季語というのが或る〈世界の認識〉に関わっているということだ。これは私にはとても新鮮だった。季語というのを私は〈使う〉ものだと思っていたから。けれども、田島俳句における季語はちがう。田島俳句における季語は〈このわたし〉の生を侵蝕するのである。認識の根っこにタッチしてくる。

 この季語と認識/認知のかかわり合いを教えてくれたのが田島俳句なのだが、このとき、わたしは鴇田俳句のことをあらためて思い出した。

   人参を並べておけば分かるなり  鴇田智哉

 樋口由紀子が鴇田俳句についてこんな評を書いている。

   「人参」は冬の季語とされているようだが、そうなのかと不思議な気さえする。だから、当然季語としてのはたらきはわからない。…なぜ「人参」で分かるのだろうか。確かにいろんなものを並べていると見えてくるものがあるが、「人参」は思いつかない。「分かる」ということの意味を考えた。…おかしなことがあまりにもふつうに書かれている。
   (樋口由紀子「言葉そのものへの関心」『MANO』20号、2017年4月)

 ここで樋口由紀子が書いているようにこの句は「人参」という季語を通して、〈わかる/わからない〉といった認識/認知のあり方そのものを問うてくる。樋口由紀子が「「分かる」ということの意味を考えた」と書いたように、人参を並べておけばわかりますよ、わかるんですよ、と言われても、いったいなにが? だれが? どこで? なんのために? と思うからだ。しかし、そもそも〈分かる〉とはいったいなんのことなのか。ひとが、はいわかった、と膝をたたくとき、いったいそのひとは、〈なに〉が〈わかっ〉ているのか。わかるよ。

 この句にあらわれているのは、そうした〈人参(にんじん)〉と〈認知(にんち)〉の関係である。これがたとえば、〈書物〉と〈認知〉、〈愛〉と〈認知〉だったらまた違った風合いをみせるだろう。しかし、「人参」なのである。「人参」は〈認知〉と関わりがない。しかし、季語を通したベーシックな世界観では、〈それ〉が問題になるのだ。

 おかしなことがあまりにもふつうに書かれている。

 私も、そう思う。だが、「餌場の鶴」が〈現実〉となってしまう世界とはそういう世界である。そしてそれが俳句のリアルなのだと田島健一は言っていた。だからこの「人参」も俳句のリアルなのだと言える。この「人参」はリアルなのである。リアルが〈ワカル〉を導いている。

   毛布から白いテレビを見てゐたり  鴇田智哉

 私はある時期からこの句のことをずーっと考えている。なんにもわからない、と言いながら、わかることを放棄しようとしながら、考えている。〈なに〉を見ているのだろう。「白いテレビ」を見ているのか。「白い」画面を見ているのか。要するに、なにも見ていないのか。なぜ、「毛布」からなのだろう。ひょっとすると、語り手は、もう、死んじゃっているのか。だとしたら、死後のにんげんが〈見〉ているものとは、なんなのか。それとも、ゆめうつつなのか。ゆめうつつのときの〈見る〉ことのレベルとは、どれくらいなのか。わからない。わからないが、〈見る〉ことそのものが問われている。見ることってそもそもなんでしたっけ、と。うーん。

 私はこう言った俳句があらわれていることをとっても不思議に思うし、田島健一や鴇田智哉が奏でる季語を通じた危機的な生の様相が、どこか表現というものの根っこにも関わるような気がしている。でも、今、言えることは、たったこれだけだ。

 わからない、と。なにか今、わからない、とあえて言うことが、正しい、ことのように感じられる、と。だから。
 けっきょくなんにもわかりませんでした。

御前田あなたは、そう、書いていた。

         (「言葉そのものへの関心」『MANO』20号、2017年4月 所収)

2017年4月27日木曜日

続フシギな短詩105[池田澄子]/柳本々々


  ピーマン切って中を明るくしてあげた  池田澄子

田島健一さんが『現代詩手帖』の連載「俳句のしるし」において池田澄子さんの俳句の特徴を次のように指摘している。

  氏の作風の特徴は、作者と読者の間に第三者的主体が想定される点にある。…口語独特の呼びかけは、直接読者へではなく想定された「誰か」に向けられる。…
  池田澄子は…〈他者〉に向けて「思い」を呼びかける。
   (田島健一「「読む主体」について」『現代詩手帖』2016年10月)

この田島さんの指摘した特徴は池田さんのピーマンの句を例にとるととてもわかりやすい。掲句の特徴は、「してあげた」にある。〈わたし〉が「誰か」に「してあげた」のである。「してあげる」でもない。それはちゃんとやってあげ〈た〉なのだ。すでに行為はおわっている。他者のためになにかをし終えたのだ。

池田澄子にとってピーマンとは他者を呼び込むための、オープン・スペースになっている。ピーマンを思い出してほしい。ピーマンの肉詰めというおいしい食べ物があるように、ピーマンの中は空洞になっている。そこに挽き肉を詰め込むこともできれば、発想を変えれば、他者を招き入れることだってできるはずだ。

ここで比較するためにこんな野菜の句をあげてみよう。

  玉葱を切るいにしえを直接見る  田島健一
   (『ただならぬぽ』ふらんす堂、2017年)

こちらはピーマンではなくタマネギを切っている。玉葱を思い出してみよう。玉葱はピーマンと違い、何層もの「葉」が肥厚し折り重なってできあがっている重層的な食べ物だ。空洞は、ない。語り手は玉葱を「切」ったあとで「いにしえを直接見」ている。まるで時をかける少女のように玉葱を切りながら時間の古層へとアース・ダイブしていく。

とくに「直接見る」の「直接」に注意したい。ここでは〈見る行為〉そのものがふだんのなにげなく見る行為とは少し変質している。語り手の〈見る行為〉そのものになんらかのダイレクトな変化が生じているのだ。

だからもし池田さんのピーマン句とあえて比較するなら、田島さんの玉葱句において他者化されているのは〈見る行為〉そのもの、すなわち〈見ているじぶん〉そのものである。

田島さんは池田さんの句を「想定された「誰か」に向けられる」と指摘したが、田島さんの句は「想定されなかった「自分」に向けられる」のだ。

他者に出会う方法はすくなくともふたつある。ひとつは、わたしの場所に他者を呼び込んでくること。ふたつめは、わたしじしんが他者になってしまうこと。

ちなみに掲句がおさめられた『シリーズ自句自解Ⅰベスト100 池田澄子』の最後に掲載されている池田澄子さんの文章のタイトルは「書きながら出会う」である。池田さんにとってピーマンを切ることも、書くという行為そのものも、他者との〈出会い〉につながっている。

ところで池田さんの句でわたしがずっと何年も考えている句がある。

  屠蘇散や夫は他人なので好き  池田澄子

どうして夫が「他人」であったら「好き」なんだろうとずっと考えていた。でも田島さんの時評を通してはじめてわかったような気がする。それは、そのまま、だったのだ。答えはこの句のなかにちゃんと書いてあった。池田さんの俳句は他者とそのつど出会おうとしている俳句なのだ。だから相手はいつでも他者でなければならない。他人でなければならない。夫がもし「他人」であるならば、夫が「他人」であり続けるかぎり、毎日夫に出会える。だから答えはそのままだったのだ。「他人なので好き」。答えは、「他人なので」だからだ。書いてあること、そのままだったのだ。長いあいだ考えていたけれど、やっと、わかった。そう、田島さんが、教えてくれた。

          (『シリーズ自句自解Ⅰベスト100 池田澄子』ふらんす堂・2010年 所収)

2016年8月9日火曜日

フシギな短詩30[田島健一]/柳本々々



  噴水の奥見つめ奥だらけになる  田島健一


ずっと、田島健一さんの俳句をフシギだなあと思っていた。《どう》理解すればいいんだろうと。今回はこの問いからはじめてみたい。


ここでひとつ大きな補助線を引こう。


  ひらく雛菊だれのお使いか教えて  田島健一

   (「春は寝てから」『オルガン』5号・2016春)


たとえば関悦史さんが田島さんのこの句についてこんなふうに語っている。


この句から確かに言えることは、「ひらく雛菊」と「お使い」をめぐってある質問あるいは対話がなされ、その背後には誰かを「お使い」に出した何ものかが想定されているということだけとなって、それが誰なのか、またその誰かの存在がなぜ想定されたのかという謎は開かれたまま終わる。…もはや誰が不審者なのかすらわからない。明るく無邪気でフラットなものとして書かれた春そのもの、及びそのなかにいる誰もが、こうした稀薄で正体不明な不審者であるのかもしれない。
  
(関悦史「●水曜日の一句〔田島健一〕関悦史」2016年5月4日」『ウラハイ = 裏「週刊俳句」』)

ここで私が大事だと思うのは関さんの次の指摘だ。


「もはや誰が不審者なのかすらわからない」。


これは関さんが「謎は開かれたまま終わる」と書いたように、〈問いかけ以前〉の問題である。〈問いかけ〉を通してすべてが〈問いかけそのもの〉になっていくという〈問いかけ以前〉への地点に関さんは田島さんの句を通過することによってたどりついたのだ。


〈読む以前〉の場所に。それは〈俳句〉が〈俳句〉としてはじまる前の地点であり、しかし〈俳句〉が〈俳句〉としてはじまることによってしかたどりつけなかった地点でもある。


ふつうひとは句の〈読解〉をした後に、なんらかの〈たしかな場所〉にたどりつく。それが〈読解〉であり〈鑑賞〉である。でなければ、句を読む意味なんてない。意味が決定される場所へ赴くためにわたしたちは半ば暴力的に〈鑑賞〉を行うのだ。


ところが関さんが田島さんの句を読解してたどりついた場所は、〈読み以前の場所〉だった。「誰が不審者なのかすらわからない」、〈状況〉そのものが〈不審者〉化する場所にたどりついたのだ。


全方位的に主体が解体される場所。


その場所に田島さんの句(の関さんの読解)を通じてわたしがたどりついたとき、田島さんの句というのは《そういうもの》なのではないかとわたしは思った。


どういうことか。


冒頭の掲句をみてみよう。「噴水」は夏の季語だが、語り手はその夏の季語を通して〈どこにも〉たどりついてはいない。


たしかに「奥」を「見つめ」ながら「奥だらけ」の場所にたどりついてはいる。しかし「奥だらけ」とは〈奥〉が意味をなしえない〈解体された〉場所なのである。


語り手は〈奥〉以前の場所に〈奥〉を通してたどりついたのだ。


そしてそれこそが田島さんの俳句そのものではないか。〈奥〉が〈奥そのもの〉になろうとすること。〈問いかけ〉が〈問いかけそのもの〉になろうとすること。俳句が俳句そのものになろうとする俳句。

俳句が俳句化する過程を通して、語り手が、読み手が、俳句そのものが、「正体不明な不審者」になってしまうこと。それが田島健一の〈俳句の現場〉なのではないか。

田島さんの俳句とは、俳句が生成された瞬間、俳句が解体される〈現場〉そのものなのである。俳句だらけの場所なのである。それは、もちろん、奥が奥になりえなかったように、俳句ではない。しかし、それは、もちろん、俳句をめぐる俳句だらけの俳句なのである。


俳句は俳句にどこまで近づけるのか。俳句はいつ俳句になるのか。


わからない。わからないけれど、田島さんの俳句を読んだわたしは田島さんの俳句を通してこんなふうに思う。俳句は俳句であろうとするその限りによって俳句となる、と。


だから当然田島さんの俳句においては「出来事」は「出来事」そのものであろうとするだろう。「出来事」が「出来事」であることを問われながら、〈出来事だらけ〉のなかに置かれるだろう。つまり、


  菜の花はこのまま出来事になるよ  田島健一
   (「春は寝てから」『オルガン』5号・2016春)



          (「射る女子」『オルガン』2号・2015年7月 所収)