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2024年1月23日火曜日

DAZZLEHAIKU74[久保田万太郎]  渡邉美保

  冬の虹湖の底へと退りけり    久保田万太郎


 冬の雨のあがった後の空に、思いがけずにかかる虹にはっとすることがある。冬の淡い日ざしにうっすらとかかる虹は、やさしく儚げで、いつまでも心に残る美しさがある。

 掲句、前書きに[昭和35年12月1日、その地にくはしき山田抄太郎君にしたがひ、名所をたづね琵琶湖畔をめぐる]とある。

   琵琶湖にかかる冬の虹なのだ。遮るもののない広い空と広い湖面が目に浮かぶ。冬の琵琶湖のはりつめた自然の中で、とりわけ美しく見えたであろうと想像する。虹の片脚は湖面に浸っていたのだろうか。

   「湖の底へと退りけり」の措辞がユニークである。虹は空の彼方に消えるのではなかったのだ。今まで見えていた「冬の虹」が湖底へ退いてしまった(退いていく)という感慨。琵琶湖の深い湖底に沈みゆく虹は、水と混じり合いながら消えていくのだろうか。「冬の虹」の儚さはどこか神秘的である。

   もう消えてよくなからうかと冬の虹    宗田安正

   あはれこの瓦礫の都冬の虹        富沢赤黄男


〈句集『久保田万太郎俳句集』(2021年/岩波書店)所収〉

2022年6月9日木曜日

DAZZLEHAIKU63[久保田万太郎] 渡邉美保

  薄暮、微雨、而して薔薇しろきかな   久保田万太郎    


  庭の白薔薇が蕾をつけ始めた。蕾が成長し、花が咲き始めると、あたりには徐々に薔薇の香りが漂う。四分咲きくらいの状態がずっと続けばよいのに、と思うのだが、日差しが強いと、白薔薇はあっという間に開ききり、花びらは崩れるように散ってしまう。或いは、萎れて茶色く錆色になってしまう。花を楽しむ期間は短い。白い薔薇には、薄日の差すくらいがちょうどいい、と思っていたら、掲句に出会った。

 〈薄暮・はくぼ〉〈微雨・びう〉〈而して・しかして〉と続く漢文調に、一見漢詩の一節のような印象を持つが、〈薔薇・そうびしろきかな〉で俳句に着地。斬新な句の形だと思う。

 薄暮、微雨、この二語の名詞が並ぶだけで、読者はたちまちイメージを膨らます。舞台装置が出来上がる。而して「薔薇しろきかな」なのである。

 ここから、どんなドラマが始まるのだろうか。

〈『久保田万太郎俳句集』2021年/岩波文庫所収〉