海苔炙る裏返したき雲もあり 中村堯子
「海苔」は新海苔の収穫期が春先ということで、春の季語になっている。「海苔炙る」という情景はとてもなつかしい。ガス火ではどうも炙りにくく、
我が家では、電熱器(電気コンロ)を使っていた。電熱器に近づけすぎると焦げるので、少し遠火で炙るのだが、片面に火が通ったら海苔を裏返して反対側もさっと炙る。炙る過程で黒紫の海苔の表面は、やや緑がかり、磯の香があたりを包む。ぱりぱりの海苔と温かいご飯。もうそれだけで至福のひとときである。
とはいえ、掲句、「海苔炙る」のおいしそうな情景は、突如「雲」へと飛躍する。大胆な展開は読み手の意表を突く。なんで雲? あの雲も、この海苔のように軽やかに裏返せたらどんなにいいか・・・。裏返したき雲とは、心に覆いかぶさる重苦しい雲なのか、あるいは、春の空に薄く広がる、淡い白色のベールのような巻層雲かもしれない。後者の方が楽しそう。
地上から見上げてばかりの空の雲を裏返したいという希求、その豪放さに惹かれる。
〈句集『布目から雫』(2024年/ふらんす堂所収)〉