夕顔別当薄闇に翅使ふ ふけとしこ
「夕顔別当」という美しい名前にふと立ち止まった。夕顔別当とはどういう役職?どういう人物?源氏物語の「夕顔」と関係あるの?などと素朴な疑問。その夕顔別当が薄闇に翅を使うというのは一体・・・。
広辞苑によると「夕顔別当」は蝦殻天蛾(エビガラスズメ)の異称とある。夏の季語で、歳時記ではエビガラスズメのほかに背条天蛾(セスジスズメ)のこともいうとある。茶褐色や灰色、不気味な模様をもつ大きな蛾(翅の開帳9~10センチ)で、夜行性なので、夜咲く夕顔に蜜を求めて飛んでくる蛾とのこと。人に疎まれることの多い蛾であるが、優雅な命名である。
夏の夕暮れ、薄闇に白く浮かぶ夕顔の花、そこへどこからともなく飛んできて花の蜜を吸う夕顔別当。長い口吻を持ち、翅を素早く羽ばたかせることで空中に静止することができる。花には止まらず空中に漂いながら夕顔の蜜を吸う姿はまさしく「翅使ふ」、高速の翅使いであろう。
掲句には描かれていないが、薄闇にひっそりと咲く夕顔の花があり、夕顔別当がいる。その情景にある陰翳と寂寥。どこか幽玄の世界を思わせる。夕顔別当は、薄倖な夕顔の前に現れる貴人の化身かも知れない。
〈『香天』79号(2025年/香天の会所収)〉