2026年4月1日水曜日

DAZZLEHAIKU87[松下カロ]  渡邉美保

  いもうとに触れて壊れるしやぼん玉   松下カロ


 春の温かい日差しのもと、庭でしゃぼん玉遊びに興じる幼い姉妹の、ほほえましい、そして懐かしい光景が目に浮かぶ。石鹸水に浸したストローを吹くと日の光を受けた美しい泡の玉が空中を浮遊する。姉が吹くしゃぼん玉に大はしゃぎの妹の愛らしい表情。妹はまだしゃぼん玉が上手に吹けないのかもしれない。

 姉は大きなしゃぼん玉を作ろうと、息を深く吸い、慎重に少しずつ息を送り続ける。ふくらんできたしゃぼん玉は今までで一番大きく一番きれい。しゃぼん玉がストローを離れて空へ飛び出したと思った瞬間。あっ、しゃぼん玉は妹の肩先に触れて壊れた。

 幼い妹のせいではないとわかっていても、それが〈いもうとに触れて壊れる〉の如何ともしがたい感情に、少し切なくなる。

 日常のありふれた光景の一つであり、よくあることと見逃しがちな一齣だけれど、その一瞬の微視的なものをとらえる作者の精妙な感覚に惹かれる。


グリンピースひと粒だけの莢もあり   松下カロ

行先のなきこと愉し花筏

髪梳けばかたつむり樹を下りくる


〈『俳壇』4月号(2026年/本阿弥書店所収)〉


2026年1月31日土曜日

DAZZLEHAIKU86[望月士郎] 渡邉美保

 遠く海鳴りきっと鯨の幻肢痛   望月士郎


 「幻肢痛」とは、事故や病気で手足などを失った後も「ないはずの手足」に痛みや痺れ、痒みなどを感じる現象という。決して気のせいではなく実際に痛みがあり、その原因は脳にあるという。

 さて掲句。遠くの海鳴りはきっと鯨の幻肢痛だという断定。ここから物語が始まりそうだ。読者は、自分なりの「海鳴り」や「幻肢痛」のイメージを膨らます。

鯨の幻肢痛の原因、失くしたものは何なのか。はるか昔、鯨が陸上に暮らしていた頃の足なのだろうか。鯨は約五千万~六千万年前、陸上生活から水中生活へと適応、進化に伴い四肢は退化、消失したと聞く。五千万年の時空を超えた幻肢痛・・・という壮大な物語の予感も。

 いや、四肢にこだわることはないのかもしれない。年々悪化する地球環境、汚染の広がる海に棲み、尾や鰭を切断することもあるだろう。あるいは、体のどこかが欠落しているという漠然とした不安もありそうだ。

「幻肢痛」はやがて海鳴りを聴く自分自身のものとなり、自分も鯨になってゆく、そんな寂しさも感じられる。

〈俳句新空間№21(2025年/日本プリメックス所収)〉