2022年7月25日月曜日

DAZZLEHAIKU64[白石正人] 渡邉美保

空蟬の覗きをりたる淵瀬かな   白石正人


  空蟬は蟬のぬけがら。また、魂が抜けた虚脱状態の身という意味もある。からっぽの蟬の抜け殻には、ちゃんと目の跡が残っている。淵瀬は淀みと流れ。世の無常をたとえる語でもある。

 コンクリートの壁に蟬の抜け殻がしがみついている光景はよく見るのだが、今朝の抜け殻は少し様子が違う。真っ黒で不透明な殻なのだ。よく見ると、蟬は殻から出ることが出来ず中で死んでいる。

 羽化せんとして、背中のファスナーが開かなかったのか。その黒い塊は、小さいながら不発弾めいていた。

 幼虫期間の約七年を地中で過ごし、地上に出てはみたが、成虫として地上生活を始めることができなかったこの蟬。正確には空蟬とは言えないのだろうが、どんな淵瀬を覗いていたのだろう。

〈句集『泉番』(2022年/皓星社)所収〉