その冬木誰も
「その冬木」のことは一切描写されていないのだけれど、読者には読者なりの「その冬木」が目に浮かぶ。
寒空の下、木はすっかり葉を落とし冬らしい姿になっている。木の瘤も顕わになったその冬木は、平然と空に向かって立っている。漠然とだが、その木には逞しい生命力が宿っているように感じられる。昔からずっとそこに、意志を持って立っているかのような佇まいの、「その冬木」なのだ。
その冬木の立つ道を、多くの人が通り過ぎてゆく。その冬木を見つめるが、その木に触れることも、木を抱くこともなく、寒い道を足早に立ち去っていく。
掲句、「誰も嘳めては去る」というシンプルな表現で、冬木の存在感と、冬ざれの寒々とした光景が描かれている。
作者は「その冬木」をじっと見つめ、「瞶めては去る」人々と、その冬木との間の、一瞬のかすかな交流を感じているのだと思う。
〈岩波文庫『加藤楸邨句集』(2012年/岩波書店)所収〉