2023年1月16日月曜日

DAZZLEHAIKU67[加藤楸邨]  渡邉美保

 その冬木誰も(みつ)めては去りぬ     加藤楸邨


 「その冬木」のことは一切描写されていないのだけれど、読者には読者なりの「その冬木」が目に浮かぶ。

 寒空の下、木はすっかり葉を落とし冬らしい姿になっている。木の瘤も顕わになったその冬木は、平然と空に向かって立っている。漠然とだが、その木には逞しい生命力が宿っているように感じられる。昔からずっとそこに、意志を持って立っているかのような佇まいの、「その冬木」なのだ。

 その冬木の立つ道を、多くの人が通り過ぎてゆく。その冬木を見つめるが、その木に触れることも、木を抱くこともなく、寒い道を足早に立ち去っていく。

 掲句、「誰も嘳めては去る」というシンプルな表現で、冬木の存在感と、冬ざれの寒々とした光景が描かれている。

 作者は「その冬木」をじっと見つめ、「瞶めては去る」人々と、その冬木との間の、一瞬のかすかな交流を感じているのだと思う。

〈岩波文庫『加藤楸邨句集』(2012年/岩波書店)所収〉