2026年1月31日土曜日

DAZZLEHAIKU86[望月士郎] 渡邉美保

    遠く海鳴りきっと鯨の幻肢痛   望月士郎


 「幻肢痛」とは、事故や病気で手足などを失った後も「ないはずの手足」に痛みや痺れ、痒みなどを感じる現象という。決して気のせいではなく実際に痛みがあり、その原因は脳にあるという。

 さて掲句。遠くの海鳴りはきっと鯨の幻肢痛だという断定。ここから物語が始まりそうだ。読者は、自分なりの「海鳴り」や「幻肢痛」のイメージを膨らます。

鯨の幻肢痛の原因、失くしたものは何なのか。はるか昔、鯨が陸上に暮らしていた頃の足なのだろうか。鯨は約五千万~六千万年前、陸上生活から水中生活へと適応、進化に伴い四肢は退化、消失したと聞く。五千万年の時空を超えた幻肢痛・・・という壮大な物語の予感も。

 いや、四肢にこだわることはないのかもしれない。年々悪化する地球環境、汚染の広がる海に棲み、尾や鰭を切断することもあるだろう。あるいは、体のどこかが欠落しているという漠然とした不安もありそうだ。

「幻肢痛」はやがて海鳴りを聴く自分自身のものとなり、自分も鯨になってゆく、そんな寂しさも感じられる。

                                                       〈俳句新空間№21(2025年/日本プリメックス所収)〉