2015年4月3日金曜日

 目はまるで手のように言葉に触れる 6[山口誓子]/ 依光陽子




どんよりと利尻の富士や鰊群来  山口誓子


山口誓子の第一句集『凍港』の一句目に置かれた句である。

同句集には<唐太の天ぞ垂れたり鰊群来>が収録されており掲句よりも評価は高い。だが、第一句集の一句目に掲句が置かれていることに私は驚く。その句集の印象を左右する句として、普通の作者ならばもっと印象明瞭なスカッとした句を置くのではないだろうか。それが「どんよりと」を選んだのである。常軌を逸している。


利尻島は北海道北部、日本海にある島。その円錐形から利尻富士とも呼ばれる。稚内近くのサロベツ原野からその雄姿を見たことがあるが、端正ながら厳格な印象であった。その利尻富士が眼前にどんよりと見えている。季節は春。産卵期の鰊が北海道西岸に向って大群を成して押し寄せて来る。鰊曇ともいわれる空は雲が垂れるほどに重く、海は蠢いている。それら全体の濁りの中の利尻富士の尖った山容は厳しく凄まじい。


誓子は幼くして外祖父母に預けられ、離れて住む母の不慮の死の後、12歳の時に外祖父の移転先の樺太に迎えられ5年間を過ごしている。俳句はその樺太時代に始めた。と知るに、掲句は北海道側からの景ではなく、樺太側からの景と捉えるべきだろう。

さらに普通に考えれば「利尻の富士」という言い方はもたついている。しかし利尻富士をあえて「利尻の富士」と「の」を挟んだことで、恐らく突端の急峻な部分だけ見えているであろう利尻富士の見え方や「他ならぬ利尻の」という意味合い、鰊の大群の生命の迫力、波のうねりがたくましく伝わってくる。それらはどこか不気味で、まるで何かの予兆のようだ。同時に、この「の」は誓子自身の本土への心の距離感、ある種の虚無感を「どんよりと」という言葉に滲ませる。緻密な計算がある。


同じく春の句で<流氷や宗谷の門波荒れやまず>も少年時代の回想句。誓子は、宗谷の海峡をゆく汽船の船腹にぶつかった流氷のごつごつという音を忘れることができない、と著書『季語随想』の中で書いているが、そのごつごつという音は『凍港』の通奏低音として耳に鳴り続ける。

山本健吉に「近代俳句の黎明」と言わしめた『凍港』前半の句群には、「焦燥と流転」の境遇と辺塞詩的な特殊性が相まって形成された岩盤が横たわり、生涯山口誓子という俳人格を支える礎として在り続けたと思うのだ。


学問のさびしさに堪へ炭をつぐ

犬橇かへる雪解の道の夕凝りに

氷海やはやれる橇にたわむところ

郭公や韃靼の日の没るなべに

掃苔や餓鬼が手かけて吸へる桶

探梅や遠き昔の汽車にのり

日蔽やキネマの衢鬱然と

かりかりと蟷螂蜂の㒵を食む


(『凍港』昭和7年刊。『現代俳句大系 第一巻』所収)