旅鶴や身におぼえなき姉がいて 寺山修司
あくまで「旅鶴」ということばに引きずられながらの連想ではあるけれど。旅籠の自室に戻ろうと襖をあけた途端、「おかえり」と言って迎える女が室内にいたとする。面食らって立ち尽くす自分をよそに、女は楽しそうに他愛のない話をまくしたてる。話の途中で女が「姉さんだって」などというのが耳にひっかかる。そうだ、俺には姉がいたのだ。この部屋で姉とふたり、今朝まで暮らしていたんじゃないか――。
漱石の『夢十夜』にも、背負われた子供が、道中、負うた男の前世の子殺しを咎めだす、という話がある。どこの誰とも知れぬ存在が、既知のはずの身内として現れる、というのは古典的な状況設定のひとつといえる。
寺山修司においての「見知らぬ身内」は概念としての存在のようでもあるし、舞台装置のひとつひとつのようでもある。父・母・姉・妹・弟・伯父…といった親族がぽつりぽつりとあらわれ、薄暗がりに浮かび上がる。彼岸の者も未生の者も等しく存在しうる世界が、作者の今いる世界である。
外套のままのひる寝にあらわれて父よりほかの霊と思えず
間引かれしゆゑに一生欠席する学校地獄のおとうとの椅子
まだ生まれざるおとうとが暁の曠野の果てに牛呼ぶ声ぞ
午後二時の玉突き父の悪霊呼び
暗室より水の音する母の情事
いもうとを蟹座の星の下に撲つ
枯野ゆく棺のわれふと目覚めずや
『寺山修司コレクション』に再録された岡井隆の文章に、こんな一節がある。
寺山修司の文学には、
〈なってみる〉
という要素がつよかったのではないか。(中略)
〈なってみる〉という時の見る人は、誰なのか。やはり、そう〈なった〉自分であろう。自分で、自分の成りかわったすがたを〈見る〉のである。そこに余裕がある。(中略)ひたすらに、なにものかに化ける執念を、横目でみながら、イナしている。そこに含羞がある。
寺山修司の作品が私性の話題に及ぶとき、この「私」の入れ子構造が、我慢ならない人にとっては我慢ならない仕組みなのだろう、と思う。掲出句でいえば、身に覚えのない姉がいる「私」の狼狽を見ている「私」の存在がある。“て止め”によってあぶり出された、緊張感をたたえた「姉と私の場面」を、「私」は読者と一緒に見ている側にいる。
〈『寺山修司コレクション1全歌集全句集』思潮社/1992〉