2016年8月30日火曜日

フシギな短詩36[吉田類]/柳本々々



  盃に不動如山(うごかざるやま)夏の夢  吉田類



『吉田類の酒場放浪記』という番組では、首都圏を中心に「酒場詩人」の吉田類さんが居酒屋を巡り歩くのだが、私はたびたびこの番組の構成が気になっていた。

それは番組の終わりに必ず類さんが一句詠んで立ち去ることである。類さんはその日訪れた土地にちなんだ句を詠んだあとで夜の町へと消えていく。そして番組は終わる。
          
なんのために番組の終わりに句をおくのか。

それは俳句という〈定型詩〉を用いて、その日めぐりあるいた固有の時間・出来事を記憶に留めるからだろうか。〈思い出深い〉ものにするためだろうか。

いや、私は実は、その〈ぎゃく〉のような気がするのだ。

類さんが「酒場放浪」をした番組の最後に一句おくのは、その日あった出来事を〈思い出深い〉ものにするためというよりは、《さりげないものにするため》なのではないかと思うのだ。

酒場訪問を特別な出来事にせず、〈さりげないもの〉にすること。

それはつまり、俳句によって散文的な出来事化をさけるということに他ならない。

かつて思想家のロラン・バルトは俳句をこんなふうに定義した。

  俳句とは、小さな子供が「これ!」とだけ言って、なんでも(俳句は主題の選り好みをしないから)ゆびさすときの、あの指示する身ぶりである。その動作はきわめて直接的になされるので(いかなる媒介も――知識や名前や所有さえも――ないので)、指示されるのは、対象を分類することいっさいの空しさとなる。
  
 (ロラン・バルト、石川美子訳「このような」『ロラン・バルト著作集7 記号の国』みすず書房、2004年)

俳句とは、「これ!」と指し示すことそのものなのである。語る、ことではない。示す、ことなのだ。それは名付けることでも所有することでもない。ただ、しめすこと。けっきょくはなにも持たずに、通り過ぎること。

そして/しかし、だからこそ、吉田類は〈放浪〉をつづけることができるのではないか。散文的な記述によって、思い出深くそこに留まるのではなく、最終的に〈俳句化〉を施すことによって、〈さりげなさ〉としての指し示しをそこに置き、流浪すること。

バルトは「ゆび」のメタファーで俳句を語ったが、そういえば、類さんの〈身ぶりの特徴〉として、なにかを食べたあとに〈親指〉をたててグッジョブ・サインをするというものがある。類さんはおいしいものを食べたあとに饒舌にそれを語るのではない。親〈指〉を立てて黙ってそれを《指し示す》のである。まさにそれは俳句的身ぶりではないか。

  少しでも希望があるのならおまえは行動する。希望はまったくないけれど、それでもなおわたしは……あるいはまた、わたしは断固として選ばぬことを選ぶ。漂流を選ぶ。どこまでも続けるのだ。
   
(ロラン・バルト、三好郁朗訳「行動」『恋愛のディスクール・断章』みすず書房、1980年)

類さんは「酒場」を放浪しつづけたが、バルトはあらゆる文化の襞(ひだ)を流浪しつづけた。ふたりとも、どこかひとつのところには留まらなかった。俳句的な〈ゆび〉で、流れ/流されながら、世界の端々にあるポイントのひとつひとつを〈指し示し〉つづけた。

だからこの〈漂流〉しつづける/た二人の〈詩人〉、吉田類/ロラン・バルトにならってこんなふうに言ってもいいかもしれない。

俳句とは、《ゆび》のことだと。

            

 (BSーTBS「甲府「居酒屋えいじ」」『吉田類の酒場放浪記』2016年6月20日放送)