2015年3月6日金曜日

貯金箱を割る日 20[一万尺] / 仮屋賢一



討入を果して残る紙の雪  一万尺

 小説の最後の一文を読み終えたとき、あちら側の世界に突如取り残されたかのような気分になって、不安というか、虚無感というか、そういった取り留めのない気持ちに襲われることがある。自分が良いと思える作品に出会えた時は大抵そうで、映画であっても、演劇であっても、テレビドラマであっても、音楽であってもそう。そんな気分になるとき、多分、虚と実の間の壁がなくなっている。

 この作品に僕が感じるのも、そういう気持ち。この句、確かに季語は無いと考えていいとは思うけれども、そこに季節はある。というのも、「討入」と「紙の雪」という二語だけで、この句が何かの芝居の舞台上であることは容易に想像がつく。分かる人であれば、これが歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』であるというところまで分かるだろう。師走狂言である。そうして作者の名前を見て、合点がいく。

 季語の力でなく、自分の世界の力で勝負を仕掛けたこの作品。虚と実の曖昧になった、あるような、ないような、そんな境界を、ありのままに詠み上げた作品。静かな感動が押し寄せる。

《出典:角川『俳句』2014年12月号》