2015年3月31日火曜日

貯金箱を割る日 23[佐藤和香] / 仮屋賢一



梅雨ごもり自画像の眼を描き直す  佐藤和香

 自分の顔は他人の顔ではない。他人の顔という厖大な数の概念の中に埋もれることが出来ず、唯一無二の存在であることしか許されない、自分の顔。ときおり脳裡を過るその解けない呪縛は、ぞっとするような世界へ人を誘う。

 自分で描いた自分の顔。なんだか違う、どこか気に食わない。だから、描き直す。この自画像は、デッサン。より良く仕上げるためなのだけれども、この句、どこか怖い。全体がモノクロームの色彩に仕立てられた掲句、その淡々とした語りに一層、怖さが引き立つ。

 描き直して見栄えは良くなったかもしれないけど、自分の顔からは離れてゆく。だからといって元の眼にしてみたけど、やっぱりこれも違う。描き直すたび黒く塗る眼。見られることに徹する自分の眼を、見るための器官でじっくりと観察する。終わりのないループに迷い込んだ気持ち。外に出たい。抜け出たい。でも、出られない。

 ゴールはたぶん、呪縛の外にある。自分の顔が唯一の存在でなく、数多の他人の顔の一つでしかなくなったとき、このループからも抜け出せる。でも、このウロボロスは、呑み込むことをやめることはできない。梅雨は、いつか明ける。違いといえば、これくらい。


《出典:『第十五回俳句甲子園公式作品集 創刊号』(NPO法人俳句甲子園実行委員会,2012)》