春の簞笥の口あけている 岡田幸生
春になったら更衣だ。かさばる冬物たちが取り出され、 簞笥の引き出しは束の間空洞化を許される。
あるいは、単に慌てた主人が閉じ忘れた引き出しなのかもしれない。
またあるいは、引越の際、引き出しを外して先に運び、最後の大物として担ぎ出されるのを待っている、 簞笥本体の姿を描写しているのかもしれない。
春の簞笥が「口」をあけているのは、そういうことなのではないか。
主に不動の、壁の一部ともいえる、いつでもそこにいてくれる家具としての簞笥への安心感が意識されずとも我々にはある、と思う。
だからなのか、この簞笥はねむっている、とも思う。束の間の午睡。人気のない春の部屋で、 簞笥が眠っていてくれる。
春雲の詰まったような簞笥より妻の下着を探しておりぬ 吉川宏志『海雨』
春と簞笥、という二つのキーワードから思い出した短歌を添える。こちらは手術、入院した妻の着替えを探す夫の歌。「春雲の詰まったような」とは、はにかみと戸惑いをなんとも上品に表している。「妻の下着」という不可解が、 簞笥のなかにひねもすのたり、と詰まっていたのである。
「 簞笥」と春がかように響きあう存在であることを、ふたつの詩歌が教えてくれる。
〈『無伴奏』ずっと三時/2015〉