2014年12月29日月曜日

貯金箱を割る日 9 [豊玉] / 仮屋賢一


たたかれて音のひびきし薺かな   豊玉

 新選組副長土方歳三の最期を飾る発句。春の七草でもある薺、別名は「ペンペン草」。ペンペン草で遊ぶ時、実のついた支茎をひとつひとつ慎重に下に剥き、でんでん太鼓の要領で主茎をくるくる回して音を鳴らす。だから、薺が音を鳴らすのはこれといって新鮮なことじゃない。けれどもこれは「たたかれて」音がひびく。決して大きな音じゃない、耳をすませばようやく聴こえるか、といったくらい。それも、勢い良く叩かなきゃ聴こえない。「ひびく」という動詞、また、「ひびきし」という言葉の響きそのものが、広々とした静寂の空間を作り上げる。

 武州の薬屋であった土方歳三。天然理心流の道場、試衛館のメンバーと共に壬生浪士組に参加し、新選組「鬼の副長」として京でその名を馳せる。最期、箱館戦争でも愛刀、和泉守兼定を以って戦い、最期までこの多摩郡石田村出身の「バラガキ」(乱暴者)は信念を貫き通した。


歳三は、死んだ。 

それから六日後に五稜郭は降伏、開城した。総裁、副総裁、陸海軍奉行など八人の閣僚のなかで戦死したのは、歳三ただひとりであった。

《司馬遼太郎『燃えよ剣 下巻』(1972,新潮文庫)》


歳三は官軍の二発の兇弾に斃れるわけだが、この田舎者の一貫した強い信念が、日本という一国の歴史に堂々と名を残すくらいなのだ。薺の響きがどれだけ小さいものであったとしても、侮れない強大なエネルギーが根底にある。


広長院釈義操、歳進院殿誠山義豊大居士、有統院殿鉄心現居士。これらはすべて彼の戒名である。一字一字たどってゆくだけで、彼の生涯が想起される。

(註:この作品は豊玉の作でないという主張もある)

《出典:村山古郷『明治俳壇史』(1978,角川書店)》