礼装が那由他の蝶をささめかす 筑紫磐井
那由他は不可思議の手前、阿僧祇の次の単位で、10の60乗(※1)である。
アラビア数字表記してみると、1那由他は
1,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000
…です。
正直視認できるイメージの範疇を超えていて「ゼロがたくさん並んでる」としか思えない。
そんな膨大な数の蝶がささめく背景に「礼装」がある。
虫が大量出演するパニック・ムービーではないが、蝶にまみれて窒息してしまいそうな「礼装」が、むしろ蝶をコントロールする側にまわっているのが、さりげなく奇妙だ。
「礼装」の人でなし感(※2)が、うんざりするほどの数の蝶を可憐な存在にしてみせているがやはりこの句の主役は「蝶」だろう。
気の遠くなりそうな羽ばたきに取り巻かれ、礼装の内もいつしか蝶で溢れる幻想を見せられる。
※1 10の72乗という説もある。
※2 この「人でなし」は江戸川乱歩「人でなしの恋」のそれにあたる。
〈俳誌「俳句新空間」No.2 2014所収〉