チルチルもミチルも帰れクリスマス 竹久夢二
メーテルリンクの戯曲「青い鳥」は童話として親しまれているが、主人公のこどもふたりが青い鳥を探して巡るのは「記憶の国」「夜の宮殿」「墓の国」「森の国」といった暗示的なところで、冒険譚というよりは、もうはっきり哲学的な設定が色濃い。
掲出句では夢二本人がそれら国の住人となり、ふたりのこどもに帰宅を促しているようにも見える。「どこまで行っても幸福はないから帰れ」なのか…とは、物語の「鳥」を幸福のメタファとして限定しすぎた解釈になろう。進取の気性に富んだ夢二にして、そのようなオチをつけるのは違う気がする。自らのアメリカ進出の失敗を重ね合わせて…などと言っていくと、より道をはずれていきそうだ。ここは、クリスマスなんだから、家でお菓子を食べなさい、と言っているぐらいに取っておきたい。
「夢二句集」は竹久夢二伊香保記念館が発行した、夢二の全句をほぼ編年体で収録した一冊。掲出句は結核を患い入所した、富士見高原療養所での最晩年の作になる。
押へれば花はなせば胡蝶かな
淋しさは牛乳壜のおきどころ
パレットに蛭のおちきて染りけり
今は昔星と菫があつたとさ
ふりあげし袂このまゝ羽根となれ
来て見れば拙(まづ)い男よ富士の山
梅の木はどこから見ても漢字なり
「押へれば花はなせば胡蝶かな」女性のことを詠ったと思われる作。「今は昔星と菫があつたとさ」は明星派への皮肉のようにも受け取れる。「来て見れば拙(まづ)い男よ富士の山」は「黒船屋」発表後の充実期、富士登山の折に詠んだもの。詩情ただようものからこうしたおどけた調子のものまで、多様な句を残している。
〈『夢二句集』竹久夢二伊香保記念館/1994所収〉