魚はみな素顔で泳ぐチェホフ忌 武藤紀子
チェホフ忌といえば、中村草田男の「燭の灯を煙草火としつチエホフ忌」を思う。『俳句入門』(1971年角川学芸出版)で秋元不死男はこの句に対し、季感について考察している。「作者がこれらの句では季感表出を意図しようとしたのではなく、寓意と象徴をそれぞれ表出しようとしたからである。」
掲句。アントン・チェーホフは有名なロシア文学の作家の一人であるが、文豪としての顔を持つ一方で複数の女性と関係を持つなどし、紳士的でない人間臭い一面も見られたとされている。人間らしく自分に素直に生きた、チェーホフの一面に、魚に対するしみじみとした発見を重ねあわせている。
<「圓座」2015年10月号所収>