2016年4月17日日曜日

黄金をたたく29  [桑原三郎]  / 北川美美




鉛筆は地獄を書いてゐたりけり   桑原三郎 


小学校入学の式典を終えた女の子がやってきて、ほぼ空っぽのランドセルにひとつだけ入っていた筆箱の中身を見せてくれた。未使用の削ったばかりの鉛筆、赤鉛筆、消しゴムが綺麗に並んでいた。児童、生徒、学生というのは、やはり鉛筆を使うのだ。大人になると芸術、技巧的な分野は別として、鉛筆を使う機会が激減する。

掲句の「地獄を書く」の措辞は、「地獄」という字を書いたのか、あるいは、「地獄」についての文章を書いたのか、ということになると思うが、地獄に相当する文書、手紙、メモ、作品を書いたのだと予想する。つらいこと、もう懲り懲りということ、経験するに堪えがたいことを書いたのだと思う。そして鉛筆で書いたのであれば、何度でも消して書き直すことが出来ることを意味する。

「で」ではなく、「は」であること、そして「ゐたりけり」により、過去の回想にとどまらず、時間の経過、つまり、鉛筆というものは、昔から、地獄のことを書いていて、今もそうなんだ、という作者の認識が含まれていると考察する。

鉛筆であれば、書き直すことができる。遺書、遺言、恋文、俳句…、それは地獄の黙示録に相当する。


鉛筆の遺書ならば忘れ易からむ  林田紀音夫


鉛筆は無季にこそ、味わいがあると教えてくれる。掲句はその典型である。



<『龍集』1885(昭和60)年端渓社所収>