2016年4月14日木曜日

人外句境 37  [御中虫] / 佐藤りえ



今晩は夜這いに来たよと蛸が優しい  御中虫


『俳壇』の特集「妖怪百句物語」に寄せられた一連「蛸」からの一句。蛸とエロの掛け合わせといえば葛飾北斎『蛸と海女』が浮かぶが、この蛸は礼儀正しく、なるほど優しそうだなと納得して戸を開けてしまいたくなる。蛸がどうしたこうした、と細かなことを言わず「優しい」とほのめかされていることで、助平心が嫌が応にもくすぐられる。

「蛸」という、意思はありそうだけど感情が読めそうにもない生物に優しさを感受する、特殊すぎる状況なのに涙ぐましいほどに多幸感が溢れている。異常×異常=多幸、と駄洒落を言っているわけでなく、麻痺した幸せに包まれているような句だ。

特集では他に諸家のこんな作品が並ぶ。季語ということもあるためか、雪女の登場率が高めだった。

宗教に入ってしまう雪女  塩見恵介 
こんな顔でしたか月を闇籠めに  太田うさぎ 
くも に とぶ べむ べら べろは このは かな  高山れおな

御中虫氏の他の句群にも、異様なテンションのさきに阿片チックな境地が望めるものがある。

茶碗持つたまま夢のなかに来た  
『おまへの倫理崩すためなら何度でも車椅子奪ふぜ』 
どつと笑ひながら出る胡麻の一粒で悪ひか 
じきに死ぬくらげをどりながら上陸 
関揺れるさうかそつちが死の淵か 『関揺れる』 
こんな日は揺れたくなるなと関は言った  
関揺れる人のかたちを崩さずに 
「揺れたら関なの?」「じゃあ私も関」「じゃあ俺も」

じきに死ぬくらげをどりながら上陸」サイケデリックな空模様を背景に、なぜか手足の別を持ったクラゲが阿波踊りよろしく集団で浜辺に現れる様子が生き生きと脳内再生されてしまう。
関悦史さんが揺れる=「関揺れる」を「季語として」、2012年2月24日にツイッター上で一気呵成に詠まれた「震災俳句」を編んだ句集『関揺れる』は、呼吸、緩急が「関揺れる」を軸として縦横無尽に繰り広げられる、見事な独吟だ。興行の様子をリアルタイムで見る事ができなかったのは残念だが、一冊にまとまり、本として読めるのは意義深いことと思う。

ところで今回の選句は実は孫引きである。歌人・飯田有子氏がおよそ年一で発行している文芸誌『別腹』8号に、石原ユキオ氏が寄稿した「妖怪俳句ウォッチ」の中で掲句が引かれていたのだ。記して感謝したい。なお、石原氏じしんも「憑依俳人」を自称し、こんな俳句を作っている。

ピノキオに精通のある朧かな  石原ユキオ
背負はれてきつと花野に捨てられる

〈『俳壇』2011年8月号/本阿弥書店〉