2016年4月7日木曜日

人外句境 36  [佐怒賀正美] / 佐藤りえ



脛毛なきロボット登るかたつむり  佐怒賀正美

かたつむりがロボットの脚を登ってゆくところ。ロボットの肌というと銀色のもの、またジュラルミンなどと素材を特定したくなるのは古い思い込みのせいである。
かたつむりにとっては登るものが有生物か無生物か、などといったことは知ったこっちゃないのだろうな、とは思いつつ、脛毛のない平滑な脚と軟体との対比が何とはなし明るい虚無を感じさせる。

咳の少女負の放物線画けば鮫     『青こだま』 
胸つきだして春の時間を舞ひすすむ 
白南風やひらけば浅き辞書の爪 
爆発をしない塊白鳥は      『椨の木』 
観音の下ろさぬ千手天の川 
人眠る頃のさくらの修羅の相 
色鳥ほどや縁起書の乎古止点       『悪食の獏』 
世界中トースト飛び出す青葉風 
春障子宇宙の渦に立ててあり 
ロボットは無季と蔑【なみ】されとぐろ巻く

佐怒賀氏の作風は、宇宙から古代まで自由で幅広い句材を、屈託なく且つ地球から軸足を外すことなく、真地球人(などという言葉はないので勝手に書いております)としての自覚、とでも名付けたくなるような、確たる重心を持ってあらわしているところに特異さがある。
『青こだま』のあとがきには「感動の対象が現実であれ仮構であれ、基本的にはその詩的真実の有り処をたずね、できる限り具体的で明確なイメージ化を心がけた(前後略)」という記述がある。句群を読んで後、然り、と思える一文である。

「胸つきだして春の時間を舞ひすすむ」は虚子の「春風や闘志抱きて丘に立つ」に対して、より軽やかにプログレス魂を見せた句となっている。「世界中トースト飛び出す青葉風」は、国から国へ、日付の変わる順にトーストをポップアップしていくトースターの画が脳裏に浮かぶ、楽しい句である。

〈『俳句』2014年8月号/角川文化振興財団〉