2016年11月15日火曜日

フシギな短詩58[田村ゆかり]/柳本々々




  気がつくと金銀財宝ウッハウハ  田村ゆかり

文化放送のラジオ番組『田村ゆかりのいたずら黒うさぎ』に「ゆかりの7つで俳句」というコーナーがあった。

リスナーからきたお題、たとえば「『気がつくと』と、『ウッハウハ』の間に7文字を入れて俳句を完成させてください」に声優の田村ゆかりさんが即興で7文字入れて俳句をつくるコーナーなのだが、どうしても字余りになり8音になってしまう。むしろその長すぎる字余りがひとつのおもしろさになっていったコーナーでもあるのだが、考えてみたいのはひとは〈自然体〉では〈8音〉のひとが合うのではないかということである。つまり〈7音〉は実は〈不自然な形式〉なのではないかということ。

わたしはたまたまほかの例でもこのことを考えていた。テレビ朝日の『しくじり先生 俺みたいになるな!!』ではタレント人生を〈しくじってしまった〉タレントが先生になり、どうしくじったか、どうすればよかったのかを教壇に立って話すのだが、そのときに要所要所でそのタレントの教えを575にまとめた俳句=格言が示されるときがある。そのときにどういうわけかほとんどが585なのである。つまり、〈一般的〉には8音の方が自然体なのではないかということ。

8音について考えるということをかつてそれまでの〈中八〉の常識に疑義を提出しながら、あらためて問い直そうとしていたのは川柳作家の兵頭全郎さんである。「中八考」において全郎さんはこんなふうに述べていた。

 中八について…「リズムが悪い」という表現、果たして本当だろうか? もし本当に「リズムが悪い」のであれば、五・七・五というごく初歩的で簡単なルールがこれほど守れないのは何故なのだろう。逆に初心者ほど字数に気をつけるはずなのに中八になるということは、その方がリズム的に自然な流れだと感じているからではないだろうか。 



たしかにそうなのである。初心者ほど字数に気をつけるはずなのに、《にもかかわらず》8音になってしまうこと。これは8音の方が《逆に》リズムが良いからなのではないか。

これはかつて斉藤斎藤さんのNHK短歌を視聴していてそのなかの斉藤さんのコーナー「初心者になるための短歌入門」で学んだことなのだが、短歌を読む際ひとは57577ではなく、88888のリズムをとっているらしい。ちょっと図にあらわしてみよう(今手元に東直子さんの『十階』があるのでそこから歌を引いてみよう)。

  海からの風にゆがんだスマイルが回転しつつつきぬけてゆく  東直子
  (『十階』ふらんす堂、2010年)

これはこの並んだ文字だけみれば、57577である。

  うみからの/かぜにゆがんだ/すまいるが/かいてんしつつ/つきぬけてゆく

これを実際に読んでいるリズムを視覚化して88888の図にしてみよう。ぜひ声にだして読んでみてほしい。たぶん○のところであなたは休符をとっているはずだから。

  うみからの○○○/かぜにゆがんだ○/すまいるが○○○/かいてんしつつ○/つきぬけてゆく○

どうだろう。○のところでは休んでリズムをとっているのではないだろうか。

このことについては言語学者の山田敏弘さんも『日本語のしくみ』でこんなことを言っている。

  休符を入れながら2拍ずつ切り4分の4拍子で詠むと自然に聞こえるという、独自のリズムというものがあります。「一所懸命」を同じように2拍ずつ切って読もうとすると、「いっ│しょ○│けん│めい」。語の途中に休符が入って言いにくくなります。そこで「しょ」を「しょう」と伸ばしてリズムよく読もうとするのです。 

  (山田敏弘「文字と発音のしくみ」『日本語のしくみ』白水社、2009年)

「いっしょけんめい」という7音は口に出されるうちに〈自然〉と「いっしょうけんめい」という8音になった。つまり、8音は「自然に聞こえる」リズムなのだ。

このようにみるとひとは本来的には8音でリズムをとりながら無音のリズムもとりつつ短歌や川柳や俳句を読んでいることになる。声にだしても、ださなくても、そうなのだ。

そうするとわたしたちは定型そのものの総文字数の少なさを〈不自然さ〉として感じるのではなく、むしろこうした〈八音的思考〉を〈七音形式〉として組み立て〈直そう〉とするところに意識的な〈不自然さ〉を見いだすべきではないだろうか。つまりその〈不自然さ〉をかいくぐってリズムをとっているところにこそ、短歌や川柳や俳句の意識的な言語(再)構築のありようがあるのだ。

問題は、眼にみえる領域でおこっていたのではない。眼にみえない領域から眼にみえる領域への変位に起こっていたのだ。

中八を考えるとは、そういうふだん〈わたしたちがやっていて、知らないふりをしている〉(マルクス)ことをあぶりだすことなのではないか。たとえ殺意をもたれたとしても、わたしは八音に関して、そんなふうに言ってみたいのだ。もちろん、ときどき寝込みながらも一所懸命生きてきたので殺さないでほしいけれど。

  中八がそんなに憎いかさあ殺せ  川合大祐
   (『スロー・リバー』あざみエージェント、2016年)

         
 (「ゆかりの7つで俳句」『田村ゆかりのいたずら黒うさぎ』文化放送・2005年5月21日 放送)