2016年11月29日火曜日

フシギな短詩62[舞城王太郎]/柳本々々



  絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対  舞城王太郎


舞城王太郎さんの現代怪談百物語でもある『深夜百太郎』にはその各話をコラボレーションとして短歌であらわした木下龍也さんの「深夜百短歌太郎」がある。

たとえば第三話目の「三太郎 地獄の子」は次のような歌に〈翻案〉された。

  やめてくれおれはドラえもんになんかなりたくなぼくドラえもんです  木下龍也

私がこの木下さんの歌でとりわけ興味深かったのはこの歌に舞城王太郎さんの〈王太郎性〉のようなものがあらわれているのではないかと思ったからだ。それは、なんなのか。

そもそも〈王太郎性〉とはなんなのか。そんなことを簡単に言ってしまう柳本はうかつなのではないか。でも、ちょっと舞城さんのテクストをみてみよう。

  「絶対絶対絶対絶対絶対絶対」 
   と私は絶対を並べてみる。…絶対前田さんは前田さんでいてね、みたいなことだったのだが、それは言えず、私はひたすら絶対絶対と言うだけだ。 
  「絶対絶対絶対絶対絶対絶対……」 
   すると前田さんが真顔で言う。 
  「怖いよ、藤田さん」 
   でも私の絶対は止まらない。 
  「絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対」 
(舞城王太郎「三太郎 地獄の子」『深夜百太郎 入口』ナナロク社、2015年)

「三太郎 地獄の子」の〈こわさ〉は「絶対」という言葉=発話に意識や言語行為をジャックされる人間が出てくることだ。これは舞城さんの他の小説にも多々みられることだが言葉が過剰に反復されることによって明らかに〈意識が言語に汚染されてしまった人間〉があらわれるのだ。みずからの発話に意識をハッキングされる発話者。

だから舞城文学の〈こわさ〉は、そう言ってよければ、《言語に意識をジャックされた人間》が出てくる点にある。

「藤田さん」は「絶対」を連呼しているが、もはや絶対の意味は剥がれおち、ただ無機質な絶対だけが過剰に並びはじめる。「絶対」の意味を言いたいわけではなく、「絶対」を《言うことを言いたいだけ》の人間があらわれるのだ。

つまり、純粋に言語に汚染された人間。

意識が空白化し、ただ絶対言語だけがおがくずのようにぱんぱんに詰め込まれた言語案山子(かかし)のような人間、だから、それは「怖いよ、藤田さん」なのだ。

木下さんの歌をもう一度みてみよう。

木下さんの歌においてもこの〈意識のジャック〉が焦点となっている。そして、その意識のジャックは発話=文体によって行われているのに注意したい。

  やめてくれおれはドラえもんになんかなりたくなぼくドラえもんです  木下龍也

この歌は、「ドラえもん」に意識をジャックされた人間の歌だ。「おれ」は「おれ」と自称した以上、人間であったはずだ。ところが意識をジャックされ「ぼく」という自称に変わった。意識が汚染されたのだ。

しかもそれは〈言語〉を媒介に行われた。「ぼくドラえもんです」はドラえもんの象徴としての決まり文句のようなものだが、その決まり文句としての言語によって意識が汚染されたことがわかるようになっている。しかも、唐突に・無根拠に。

この歌において問題なのは「ぼく」が「ドラえもん」かどうかなのではない。「なりたくな」の「おれ」の発話が唐突に断ち切られ、「ぼくドラえもんです」にジャックされてしまったことなのだ。そしてやはりそれは「怖いよ、藤田さん」なのである。

言語存在である人間にとってほんとうにこわいのは、ひとが言語によってジャックされてしまう瞬間なのだ。それは言語存在であるひとがほんとうに言語を《手放す》しゅんかんなのだから。

意識が言語によってハッキングされた人間。

このように木下さんは端的に短歌によって構造を抽出している。しかも「ドラえもん」というわかりやすいポピュラーな〈翻訳メディア〉を使い、〈翻案〉した。

だとしたら、もしかしたら短歌というのは、世界の構造を、端的に抽出できるメディアとしても機能するのかもしれない。そしてその抽出した短歌メディアは、わたしたちの意識のありかたを一瞬にジャックする。わたしたちは短歌という構造に感染するのである。

その意味で、「ぼくドラえもんです」というジャックされた言語感染は実は短歌を読む行為そのものだともいえる。それは絶対そうなんだと今回の文章の趣旨にならってわたしも言ってみたい。絶対に絶対絶対そうなんだと。もしそうでなかったとしてもそれは絶対だと。絶対絶対絶対絶対絶対

  絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対」 
 「絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対」 
  絶対ムリ 
  絶対そうさせない。 
  絶対お前を逃さない。 
  絶対離さない。 
    (舞城王太郎「三太郎 地獄の子」前掲)



          (「三太郎 地獄の子」『深夜百太郎 入口』ナナロク社、2015年 所収)