人形も腹話術師も春の風邪 和田誠
腹話術を見たあと、自分でもできるんじゃないかと思ってしまう。で、真似してみたら全然できない。こういう経験、あるだろう。どれほどの超絶技巧であっても、凄いと思わせないのがプロの技なのだろうか。腹話術という芸は見ている人々ととっても近い位置にある。
人形だって、人間と見紛うほどの精巧なもの、というものでは決してなくて、どこかがデフォルメされているような、いかにも人形らしい滑稽なもの。声を出しているのは腹話術師だって分かっていても、あたかも人形が生命を持っているように見えるから不思議だ。
そういう近しさや滑稽さからなのだろうか、腹話術の人形ほど風邪を引きそうな人形は他にない。大したことはないけれども、長引くという嫌らしさを持った春の風邪。もしかしたら風邪のことも盛り込んで軽妙な会話を舞台上で繰り広げているのかもしれない。
腹話術師が風邪を引いているから、当然のように人形も風邪、と言ってしまえばそれまでだけれども、この作品はそんな短絡的な世界観ではない。腹話術師と人形が、常に一緒に行動する相棒であるからこそ、風邪もうつってしまったかのようなこの感じ。絆というか、なんというか。和田さんのイラストとも相通づるものを感じるような、とってもあたたかな空気感がここにある。
《出典:和田誠『白い嘘』(梧葉出版,2002)》