万緑や行方不明の帽子たち 曾根 毅
実は私も、数ヶ月ほど前、買ったばかりの帽子を失くした。それは極めて個人的な体験なのだが、掲句は森か林の中で帽子を失くしてしまったのだろう。そこで、「私のように帽子を失った人がこの世界には…」と考えている。個人的な事象から全体の問題へとスムーズに話題を移行させている。この帽子は、黃ばんだ色か、茶色か、もしくは緑の帽子だと思いたい。
帽子は、人間の装身具の中で一番不安定なものではないだろうか。帽子は肉体になろうとしても、なりきれない。ネックレスや腕輪、イヤリングよりも頼りない。帽子と人間が手を取り合う、いや頭を取り合う日は来るのだろうか。もう来ているのだろうか。
<「花修」深夜叢書社2015年7月所収>