人形も腹話術師も春の風邪 和田誠
腹話術師の男が手にした人形に語りかけている。どうしたんだい、きみ、何やら声が風邪っぽいじゃないか。そういうあんたこそ、鼻がつまっているんじゃないか。
簡単にいってしまえば、あたりまえのことである。腹話術師が風邪っぴきだから、人形の声も風邪声になる。
一人のひとの春風邪が、人形とひとの会話という空間で見せられる。話者がほんとうはひとりであることを知りながら見る、腹話術の空間はモノローグとダイアローグの中間のようなものだと思う。
さかのぼると、腹話術は神託、呪術といったものと縁深いことがわかる。声の拠り所として人形が使われるようになったのは、腹話術の歴史においては最近のことであるらしい。
掲句では、人形と腹話術師が列挙されているからか、彼らが等しい存在のようにも見える。友人同士、兄弟同士が同時に熱を出す、みたいな雰囲気がある。
〈『白い嘘』梧葉出版/2002〉