国の名は大白鳥と答えけり 対馬康子
ひとつめに浮かんだ情景。
空港の入国審査場で、パスポートをみせながら質問に答えている。ふつう、出身国を問われることはないと思うが、なにかを聞き間違え「ハイ、大白鳥からきました」ときっぱり答えるひとり。入国審査官の目に、おびえともあこがれともつかない色が浮かぶ。
ふたつめに浮かんだ情景。
小学校の教室で、地理の授業が行われている。机も椅子も丈が低い。低学年の教室のようだ。黒板には見たことの無い世界地図が磁石で貼られている。大きな大陸は七つを超え、細々とした島々は天の川のように北東から南西へ向けて流れている。教師が一つの島を指示棒で指し、この島の名は何でしょう、と問いかける。ハイハイ、と次々手が挙がる。名前を呼ばれたひとりの女生徒が、「ハイ、大白鳥です」とひといきに言う。指示棒のさきの島は、白鳥が翼を広げ今しも飛び立とうとしているかのような形だった。
〈『純情』本阿弥書店/1993〉