2015年10月16日金曜日

黄金をたたく24  [飯田冬眞]  / 北川美美



時効なき父の昭和よ凍てし鶴  飯田冬眞


作者の父上にとっての「昭和」、それも「時効がない」。無期限の探し物あるいは喪失感、何か背負っているものが終らない気配がある。昭和を生きた父上の世代。おそらく戦前のお生まれで戦中、戦後を生き抜いてこられた世代だろう。何があっても身じろぎたじろぎをしない一本足で立つ凍鶴が父上の姿の象徴となって作者に映っているのだ。「父」が暗喩ではなく、実際の肉親、血族である「父」でことが伺える。

昭和という年号は、平成になり早四半世紀が過ぎているが、不思議と過ぎ去った感覚にならず終わりが見えない。時代に何を想うかは、生年による差もあるだろう。三橋敏雄の「昭和衰え馬の音する夕かな」、この作成時、昭和は確かに終わってはいなかったが、不穏とも思える「馬の音」が、いつまでも不気味な恐怖となって迫りくる予言ともいえる作品だと筆者は思っている。作者の父上はおそらく敏雄と同世代あるいは大きな歳の差は無いように思われる。作者の父上も敏雄も同時代を生きた「昭和」、そして作者と筆者もその「昭和」に生を受けた。簡単には言い尽くせない「昭和」。「昭和」は歴史上で長くそしてあらゆる事象を包括する激動の時代だった。「時効がない」というのは、過去形ではなく、今もその時効がないことが続いている、そしてこれからも続くのだ。「時効なき」ということにより、一層「昭和」に終わりがないことが伝わってくる。

ここで【時効】の意味を辞書で確認してみると、

ある事実状態が一定の期間継続した場合に,権利の取得・喪失という法律効果を認める制度。 「 -が成立する」 → 取得時効 ・ 消滅時効 
一般に,あることの効力が一定の時間を経過したために無効となること。 「もうあの約束は-だ」
<三省堂 大辞林>

法律上の用語として使われることが多い「時効」という言葉。句集のところどころに、社会というあるシステムの中で、生きることに懸命な作者に遭遇しなんともドラマチックである。

赤とんぼわすれたきことばかり増ゆ 
母の日に苗字の違ふ名を添えて 
がんばれといわれたくなし茄子の花 
捨てた名と捨てた町あり秋暑し 
始まりも終わりも素足失楽園


掲句から、親が背負ってきたものが子に引き継がれる累々とした血の脈略を感じる。作者自らその時効のない何らかの喪失を引き受ける姿勢が伺える。その遺失を探す態度が今後も俳句に反映すると予感する句である。 

<「時効」ふらんす堂2015所収>