2015年1月9日金曜日

貯金箱を割る日 11 [尾池和夫] / 仮屋賢一


三門を抜けて秋風南禅寺   尾池和夫

 今からちょうど百三十年前、琵琶湖疎水が着工された。当時の京都府知事、北垣国道が計画し、主任技術者の任についたのは工部大学校を卒業したばかりの田辺朔郎。京都の一台プロジェクト、過酷な工事に命を落とす人も。しかし明治期から今にいたるまでの京都の発展は、この疎水無しには語れない。

 前回に引き続いて、堂々と固有名詞を掲げた一句。南禅寺でなくとも、三門を抜けた途端に空気が引き締まったような、そんな気持ちになることはあるだろう。京都の古刹には紅葉で有名なところも多く、南禅寺も例外でない。

 室町時代には京都五山、および鎌倉五山の上位に配された南禅寺。別格である。実際訪れてみると、突如別世界に訪れたような感覚に襲われる。三門を抜けた瞬間に、訪れた者をその世界にいざなう秋風。恣意的であるともとれる上五中七の措辞だが、南禅寺という舞台が読むものを大いに納得させる。

 もう一つ。南禅寺には堂々と異国の雰囲気を漂わせる煉瓦造りのアーチがある。日の有名な、水路閣である。アーチの上を流れるのは、琵琶湖より続く水の路。このアーチの存在に違和感を全く覚えないのも、南禅寺の風格だろう。

 我々を別世界にいざなう秋風は、南禅寺固有の空気感に、琵琶湖より続く地理的・歴史的なスケールも加わり、一大叙事詩のような壮大さをもって吹き渡る。

《出典:尾池和夫『大地』(2004,角川書店)》