2015年1月15日木曜日

貯金箱を割る日 12 [尾池和夫] / 仮屋賢一


トランプの王の顔して草を刈る   尾池和夫

 トランプの王ほどぞんざいな扱いを受ける王はいない。二枚揃うと捨てられたり、マジシャンに寸々に破られたり。とにかく他のカードと同じように、敬われることなく扱われる。ダビデ王、カール大帝、カエサル、アレクサンドロス大王とそのモデルにはビッグネームが並ぶのだが、ダイヤのキングで「ブルータス、お前もか」ごっこをして遊ぶ人なんて見たことがないくらい、そんなことは知られていない。

 剣あるいは斧を脇に、トランプの王は威厳があるといえばあるのだが、滑稽といえば滑稽だし、そう考えるとなかなか不思議である。草刈の農家の顔、これといった特別な表情はないかもしれないけれども、そういうところが手にしている鎌との妙なミスマッチ感を醸し出しているのかもしれない。
長く経験を積み、確かな腕を持った農家だからこその表情なのだろう。「トランプの王」に決して負の要素はなく、親しみと尊敬を持った上での農家への挨拶なのだろう。

《出典:尾池和夫『大地』(2004,角川書店)》