2016年2月18日木曜日

人外句境 33  [青山茂根] / 佐藤りえ


箱庭にもがきし跡のありにけり  青山茂根

「箱庭」は夏の季語であり、名所名園の模型という意味合いもあるが、いわゆる「箱庭療法」に用いられるものも存在する。掲句ではどちらの意味として捉えても問題ない、というか、同じ問題を共有できるのではないかと思う。

箱庭の庭部分なのか、砂場のような場所なのか、そこに何かが藻搔いてつけたような跡がある。均され整えられたなかに、乱れた箇所を見つけている。ミクロな箱庭の世界にも、逃げ出したい、または逃げ出した者がいる、ということなのか。その「乱れ」に気づいた観察者の裡にも、確かに「藻掻き」の源泉が潜んでいるのだろう。

『BABYLON』は作者の所属する「銀化」主宰・中原道夫による瀟洒な装幀と、世界中を経巡る精神を表出した作品とにより、独特な風のような感触を残す句集である。

毛虫には焰の羽根を与へむか
らうめんの淵にも龍の潜みけり
葡萄にもしづかなる脈ありにけり
凍てつかぬための回転木馬だと
銀河系くらゐのまくなぎと出会ふ
靴脱いでありぬ巣箱の真下には
湯豆腐に瓦礫ののこる寧けさよ
浴槽の捨てられてゐる海市かな

「凍てつかぬための回転木馬だと」はパリ市中に数多あるという街頭の回転木馬を思い浮かべた。楽しさも寒さも遠心力で吹き飛ばす。「湯豆腐に瓦礫ののこる寧けさよ」ここでいう「瓦礫」はガザのものだろうか、いずれにしろ紛争地帯を想起した。湯豆腐鍋の崩れなかばの食材に遠国の瓦礫を透視している。

〈『BABYLON』(ふらんす堂/2011)〉