殻ぎりぎりに肉充満す兜虫 金原まさ子
これは客観写生なのだろうか。写生以外の何物でもないが、なんだか悪夢のようでもある。昔、兜虫の角が折れてしまったのを見たことがあって、なぜ折れたかというと、ミヤマクワガタと戦わせたからだ。角が折れた途端に兜虫はぐんにゃりしてしまって、折れた断面からは白いものが盛り上がっていた。それを見た時に、子供の私はぞっとしたのである。
「充満す」という表現により、「肉」は剛力の兜虫のエネルギーをも暗示しているのだが、それは外骨格である殻のすぐ裏にまで満ちていて、ひとたび骨格が破れるなら、その横溢した力は白い肉として飛び出るかもしれない。この緊迫感は怖い。掲句の怖さは「ぎりぎりに」という、緊張をも表す言葉にある。
では、下五が例えば、蝦や蟹だったらどうかというと、これは全然怖くない。蝦や蟹は食べるものだからだ。甲虫類は食べるものではない、たぶん。
これがコガネムシやカミキリムシやクワガタならどうかというと、兜虫には及ばない。あの力士のような体型で、しかも虫類の中では無敵に近い兜虫だからこそ、その力が殻一枚下では弾けんとして危うく保たれている緊迫感が見えてくる。
<「遊戯の家」金雀枝舎2010年所収>