日の丸に糊利きゐたり秋彼岸 「手帖」
糊が利いているのだから、前の旗日に掲げた後、洗濯したのだ。国旗を大事に扱っている様子は、慎ましく勤勉な国民性を良く表わしている。「秋彼岸」としたのは祖霊を尊ぶことが念頭にあったのだろう。祖霊あっての我々である。ならば盆でも良いように思えて、だが、盆では終戦日に近すぎる。日の丸に戦争が重なってしまうのだ。
郷土を愛し、祖霊を尊ぶということ、そして国を尊ぶということ、本来なら当然滑らかにつながるべきこの二つが分断されてしまったのは、敗戦ゆえであるが、しかし戦後を支配した言論も与しているであろう。
「春の彼岸」を取らなかったのは、「糊利きゐたり」の措辞によると思う。秋の清冽な空気こそが、国旗のきりりとした触感を引き立てるのだ。平成十七年作。